たくましい女性CEO:マリッサ・メイヤー①


グーグルを王座に導き、米ヤフーを率いる女性CEOマリッサ・メイヤーとは何者か? 米紙「ビジネスインサイダー」チーフライター、ニコラス・カールソンの最新刊『FAILING FAST マリッサ・メイヤーとヤフーの闘争』より一部をお目にかける。

(第6章「グーグルとマリッサの進化」より)

2008~2015年、『フォーチュン誌』により「50 Most Powerful Women」に選ばれている

 一九九九年七月、グーグルは苦しんでいた。入社してからの二カ月、マリッサ・メイヤーと彼女の仲間は、ただ検索エンジンを動かすためだけに週一〇〇時間労働を続けていた。

入社した次の日の午前一一時ごろ、スナックを取りに行こうとキッチンに向かっていたとき、メイヤーはたまたまグーグルの共同創業者にしてCEOのラリー・ペイジに遭遇した。彼は曲がり角に立っていた。

「隠れているんだ」。ペイジは言った。「サイトがダウンしてね、もうめちゃくちゃだよ」

Netscape.com上の検索クエリをグーグルが処理する契約を、ネットスケープ社と結んだばかりだった。グーグルには検索結果を処理するコンピュータが三〇〇台しかない。そのためトラフィックのごく一部だけをグーグルに回すようにネットスケープに頼んでいた。しかし、ネットスケープはこの頼みを無視し、ユーザートラフィックのすべてをグーグルに送ってきた。

結果、google.comがダウンした。

メイヤーは自分のデスクに戻った。昼食も夕食も摂らずに、働き続けた。結局、その日は真夜中の三時過ぎまで仕事を続けた。入社一週目は毎日そんな日が続いた。

彼女はグーグルに恋をした

ひどい会社に来てしまった、とメイヤーは思っただろうか。

いや、そうではなかった。

それどころか、彼女は楽しんでいた。

学校時代はつまらなかった。大学に入って少しはましになったが、それでも物足りなかった。そしてついに、自分が求めていた人々を、探していた場所を見つけた。超がつくほどの天才たちが集まった全寮制の学校、それがグーグルだ。みんなでいっしょに食事をする。いっしょに映画館にも行く。オフィスのなかで寝ることもある。

七月のある日の深夜、メイヤーたちはついに力尽き、コードを打ち込む手を止めた。しかし、誰もうちへ帰らない。仲間のハリーがいまだにウェブクローラー(ウェブ上の文書や画像などを周期的に取得し、自動的にデータベース化するプログラム)のアルゴリズムをいじり続けていたからだ。その仕事は五〇〇のステップからなり、終えるのに三日から五日はかかる。もしハリーが必要なステップを一つでもミスしたら、また一からやり直さなければならない。だから、彼をサポートし、コーヒーを補充し続けた。みんなは彼のことを「スパイダーマン」と呼んだ。

長い夜が続く。メンバー全員がキュービクルのあいだにあるオープンスペースに集まっていた。床に座っている者もいれば、カラフルなバランスボールに腰かけている者もいる。将来、グーグルがどんな会社になっているか語り合った。スタンフォード大学の学生寮で、特に秋、新入生がやってきて新しい友達作りが始まるころに見た光景と同じだ。メイヤーはそう思った。新入生たちが車座に集まって、大学生活にかける期待を、将来の夢を語る。でも今回は見ているだけではない。メイヤーも会話の輪に加わっている。みんな突拍子もない考えを披露する。たとえば、世界にある全図書館のすべての書籍をスキャンして、オンラインで提供するというとてつもないアイデアも出た。それでも、誰もばかにしたり笑ったりしない。どうすれば実現するか、みんな考え始める。

まるで、魔法の瞬間だった。しばらくすると、ジョージス・ハリクという名のエンジニアがバランスボールから立ち上がり、輪の中心に立った。

そして言った。「みんな、話をやめて。これから何が起ころうと、今ほど最高の瞬間はないと思うんだ。だから、今日、ここで過ごした時間のことを忘れないようにしよう」。みんなこの日のことを記憶した。メイヤーにとっては特に印象的な一日だった。

メイヤーはグーグルに恋をした。人、文化、思考。ローラ・ベックマンが一年目にして代表チームに入ったときも、こんな感覚を味わったのだろうかとメイヤーは考えた。彼女から内気さが消えていた。すばらしいチームに囲まれて、力がみなぎってくる。彼らのためにできることならなんでもする。

二四歳のマリッサ・メイヤーは、自分の進む道を見つけた。メイヤーはプログラマーとして、正式にグーグルに就職することになった。そして大きなプロジェクトのメンバーに加わった。検索された語彙に対して適切な広告を表示するためのシステムを構築するのが目標だ。

ところが、思いもよらないことが起こった。

 

インターフェースの女神

メイヤーがプロジェクトに加わってから数週間がたったある日、ジェフ・ディーンというエンジニアがやってきて、彼女の仕事を手伝ってやると言った。そして、メイヤーが数週間かけてつくったものよりできのいいシステムを、わずかな期間で作成したのだ。

当然と言えば、当然だ。ディーンは世界でも有数のプログラマーとして定評があるほどの男だ。業界人なら誰でも彼の名を知っていた。グーグルがDECという会社からディーンを引き抜いたときには、小さなスタートアップ企業が彼ほどの才能を雇えるはずがないと仲間たちがうわさしたほどだ。うわさが真実だとわかると、有能なプログラマーの多くが、彼のあとを追ってグーグルに入社した。

だからディーンに負けたからといって、メイヤーは恥じる必要はない。しかし、彼女はそうは考えなかった。いくらがんばったところで、ディーンほどのプログラマーにはなれない。今後、彼と同じレベルの人々がグーグルにたくさん集まってくるだろう。ずっとグーグルでやっていくには、自分は違う道を探すしかない。

 当時グーグルはまだ小さな企業だった。だから、人事に始まりマーケティングから週末のサーバーの設置まで、何にでも手を貸す人材を必要としていた。メイヤーはそうした人材になることにした。

寝るのは一日四時間。場所はどこだっていい。週末にはローラーブレードや自転車でスタンフォード大学のキャンパスを走って体を動かすが、それ以外の時間はずっと仕事をする。

人々はメイヤーの存在に気づきはじめた。ほとんどが男性のエンジニアの世界では、ブロンドの女性は目立つ存在だ。神経質な性格。自分の意見を曲げようとしない意固地さ。議論を終わらせたいと思うときに発する「フフフ」という静かな笑い。彼女の賢さ、集中力、やる気を、メンバーたちは認めはじめた。どんな問題にも全力でぶつかっていく。彼女のどこにそんな力が秘められているのかと、みんながうわさした。

ほかの誰かがすでに着手した問題に、メイヤーが手を出すこともあった。そのため混乱する社員もいたが、そんなことお構いなしだ。メイヤー自身、混乱する者がいることに気づいていなかったのかもしれない。

初期のころに参加したプロジェクトで、グーグル検索の結果表示に使うフォント(書体)を〝セリフ〟にするか〝サンセリフ〟にするか決めることが求められた。〝タイムズ・ニュー・ローマン〟に代表されるセリフ体は文字の線の端に飾り線がある。一方、〝ヘルベチカ〟を始めとするサンセリフ体は、必要最小限な線しか使っていない。メイヤーは調査に没頭した。そしておもしろい事実を見つけた。セリフ体のほうが〝読みやすい〟が、サンセリフ体のほうが〝見やすい〟。

最初、このデータは役に立たないとメイヤーは考えた。

しかし、あることに気づいた。〝読みやすい〟とはつまり、飾り線が見るページを横断する水平のガイドラインを形成するということだ。だから、長いテキストが読みやすくなる。逆に、サンセリフ体は飾り線がないため、一つひとつの文字を認識しやすい。だから〝見やすい〟。検索結果ページを見つめる読者がすることは、画面の一部にスポットを当てて、そこだけを読むことだ。長いテキストを読むのではない。グーグルが使うべきフォントは決まった。フフフ。

 メイヤーは調査結果をラリー・ペイジに示し、書体の変更を提案した。ペイジは同意した。グーグル検索の結果表示ページから飾り線が消えた。

メイヤーは自分の居場所を見つけた。グーグルのユーザーインターフェイス(UI)の改善だ。人とコンピュータの関係は大学でも研究していた。

初めのうち、エンジニアチームの代表者として、メイヤーは片手間にUIチームに参加していただけだった。彼女は検索結果ページのルック・アンド・フィールの改善だけにかかわっていた。一方、グーグルのほかのページのデザインに携わっていたのは、数人のマーケティング部のメンバーだった。彼らが考案したデザインをペイジに見せ、決断をあおぐのが手順だった。

ところがまもなく、メイヤーがパートタイムのメンバーから、突然UIチームのリーダーに抜擢される。

 

彼女はラリー・ペイジにも恋をした

リーダーになった彼女は、さっそくチームのメールリストをつくり、ミーティングのスケジュールや懸案事項のまとめを送信した。毎週、UIミーティングを行なうことになった。明かりを落とした会議室の白い壁にプロジェクターの光を当て、二四歳のメイヤーが長時間におよぶミーティングを取り仕切る。コラム幅、ページ余白、セルのすきま──グーグルの全ページのデザインをピクセルの一つも見落とすことなくチェックした。すべての決断は、事実と調査にもとづくものでなければならない、とメイヤーは主張した。次第にメンバーの数も増えていった。いつしか、メイヤーはペイジの代理として決断できる立場になっていた。

そして二〇〇〇年の三月、ラリー・ペイジはCEOに加えて、もう一つの肩書きを背負うことになった。「プロダクト主任」だ。彼は週に一回、グーグルの幹部を集め、プロダクト会議を開くことに決めた。その会議の議長を務めることになったのが、メイヤーだ。まもなく、どの製品をテーマとするか、誰を招待するかといった会議の内容まで、彼女が決定するようになった。

見習いのプログラマーとして就職してから一年もたたないのに、グーグルサイトの見た目を決め、グーグルが今後世に送り出すプロダクトの優先順位を定める立場になっていた。そして何より、彼女はチームのなかでも特に重要な人物と見なされるようになった。

ジョージス・ハリクは間違っていた。一九九九年七月のあの夜、今ほど最高の瞬間は二度と来ない、と彼は言った。しかしメイヤーにとっては、毎日が最高の瞬間だ。

メイヤーはグーグルに恋をしていた。二〇〇〇年の春から夏にかけて、その恋はより深いものとなった。会社の外でも、ラリー・ペイジと会うことが増えてきたのだ。まるでティーンエイジャーのように、二人はデートを繰り返した。ペイジは黒髪と言っていいほど濃い髪の色をしている。大きな口を開けて、屈託なく笑う。大学生だったころ、ペイジはある〝リーダーシップ・キャンプ〟に参加した。そこで教わった言葉──人は「物事を不可能と考えない健全さ」をもたねばならない──を座右の銘としている。メイヤーはこの考えをとても魅力的に感じた。二人でボードゲームを楽しむこともあった。特に「カタンの開拓者たち」というゲームが好きだった。

従業員たちのなかには二人の関係に気づきはじめた者もいた。もう一人の創業者セルゲイ・ブリンとともにイギリス女王の晩餐会に招待されたペイジが、メイヤーを同伴者としてイギリスに連れていった、といううわさも立った。しかし、人事部の人々は何も知らなかった。ペイジは彼らに何も言わなかった。

ゆっくりと、二人の仲は公然としたものに変わっていった。毎週行なわれる全社集会「TGIF」の席上で、あるイベントにメイヤーをつれて参加するとペイジは発表した。そのイベントでの彼らの振る舞いは、明らかにカップルのそれだった。会社にいっしょに出社することも増えていた。
しかし、分別はわきまえていた。社内で愛情を示すような行動は一切取らなかった。

二人の関係を初めて知ったとき、人事部長のヘザー・ケアンズはこう思ったそうだ。静かな二人が静かにデートするなら問題ない。

それに、二人はナイスカップルだ、とも彼女は思った。似た部分がたくさんある。

でも、一つだけみんなの気にかかっていた点は、UIミーティング、プロダクト会議、そして今度の恋愛関係と、ペイジに対するメイヤーの発言力が社内のほかの誰よりも強くなってしまったことだ。メイヤー以上の影響力をもつのは、共同創業者のブリンとペイジの親友のサラー・カマンガーぐらいだろう。

しかし、それからの数年におけるメイヤーの仕事量と成果はすさまじかった。だから誰も文句を言わなかった。

今のところは。

 

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