フォード、GM…インドネシア撤退が続くワケ


米フォード・モーターが日本とインドネシア市場からの撤退を表明した。昨年は米ゼネラル・モーターズ(GM)が、インドネシアでの生産から撤退しており、今年2月には米ハーレーダビッドソンも同国での組み立て生産や販売から撤退していたことが明らかになった。インドネシアの自動車や二輪車は日本メーカーの牙城ではあるが、2億5000万人の人口を誇る巨大市場だけに、米企業にとっても市場開拓の期待は大きかったはずだ。ここにきて撤退が相次ぐのはなぜか。2月8日号日経ビジネス特集「世界を揺さぶる チャイルショック リーマンより怖い現実」では、中国経済減速の影響が東南アジアにも広がっていることを示した。インドネシアの実態をみると、経済成長が続く中でも、中間層の拡大に死角があることが浮き彫りになる。

1月下旬、米フォード・モーターが2016年末までに日本とインドネシア市場から撤退すると表明した。

自動車産業が成熟し、少子高齢化が進む日本市場からの撤退は理解しやすいが、インドネシアはまだ発展途上の国だ。国民の平均年齢が28歳と若く、日本に比べて約2倍の人口を抱えている。それでも、フォードはインドネシアからの撤退を決めた。

「(インドネシアは)市場として期待したが、長期的に黒字を計上できる見込みが立たなかった」と、フォードのカレン・ハンプトン氏(アジア太平洋地域の広報)は撤退の理由を明かした。

フォードだけではない。2015年には米GMが、現地生産からの撤退を発表。2013年に生産を開始してからわずか2年しか経っていない。現地紙のジャカルタポストは、米国の二輪車メーカー、ハーレーダビッドソンが、インドネシアでの組み立て生産と販売から撤退したと、今月伝えている。

インドネシアでは自動車や二輪車は日本ブランドが9割を超えるシェアを握るため、勝算がないと考えたのかもしれない。だが、それでも2億5000万人の国民を持つ新興国だ。自動車や二輪車を持つのはまだ少数派で、伸びしろは大きく、米メーカーが食い込む余地は大きいはずだ。それでも、フォードやハーレーは撤退を決断した。

ジャカルタの道路は大渋滞だが…

自動車、二輪の販売に急ブレーキ

需要の落ち込みが、各社の決断を後押ししたとみられる。2013年に同国での自動車販売は120万台を突破。その数は過去10年で3倍に膨らんでいる。しかし、好調な時期は長く続かなかった。2014年に横ばいとなり、2015年には前年比16.1%のマイナスに転じてしまったのだ。中間層への登竜門として象徴的な存在であった二輪車も2015年には648万台と前年比約18%減った。

ある自動車部品メーカーの社長が、工場の裏に広がる原っぱを見ながら自嘲気味に語る。

「進出当時の計画では、あそこに第2工場を既に建てているはずだった。そのつもりで最初から土地を確保したが、今の工場ですらまだ機械を入れるスペースが余っているのが実情だ。倉庫でも立てて貸そうかな。そうしたら少しは儲かるから…」

この工場では、かつては従業員に残業を頼んだり、新たな従業員の確保に奔走したりするなど、高まる需要に対応するのがやっとだった。それが昨年から一気に生産調整をするようになった。別の部品工場では従業員を一斉に解雇したところもあるという。

インドネシアが過去10年で豊かになったのは間違いない。インドネシアは1人当たり名目GDPが2005年には1404ドル(約16万円)だったが、2015年には3416ドル(推計値)と10年で2.4倍になるなど、急成長を遂げた。自動車の生産拠点が集まるジャカルタ近郊のカラワン地区では、2016年の最低賃金は6年前比で5倍と急騰している。

2010年代に入り6%台と高いGDP(国内総生産)成長率を維持してきたインドネシアだが、2015年は4.79%と、6年ぶりに5%を切った。滞っていたインフラ整備など公共投資が進み始めたこともあり、2015年10~12月期では5.04%と復調傾向は示している。

それでも内需に力強さがない一因として、高いインフレ率がある。2012年通年の消費者物価指数(CPI)の上昇率は3.98%だったが、2013年は6.41%、2014年は6.39%と上昇。2014年11月、財政負担の削減を目的に政府がガソリンの補助金を撤廃。これによってガソリン価格が3割以上上昇するなどして2015年は、8月までは7%台と高いCPI上昇率だった。その後は原油価格の下落もあって、2015年は年率で3.35%の上昇と、落ち着きは取り戻している。

それでも、現地の若者は「3年で倍近くまで値上がりした食品もあり、クルマなど買う余裕がない」と自動車購入をためらう。

成長鈍化が顕著になるなかで、外資系製造業などの生産縮小や撤退も相次いでいる。このためインドネシアの失業率は昨年11月時点で6.18%と、過去2年では最悪を記録。高額な買い物を控える意識が広がっている。

輸出を品目別に見ると、全体の2割を石油・ガスが占める。石炭などの鉱物性燃料が14%、パーム油などの動・植物油が11%と続く。これらトップ3だけでおよそ半分を占めるが、すべて資源なのだ。インドネシアは石油の輸出もしているが、それ以上に輸入している「純輸入国」であるため、資源価格の下落は経済成長にとってプラスに働く面もある。だが、問題は中国向けに輸出が多かった石炭や銅といった鉱物資源の価格下落や需要の減少にある。

中国税関総署の統計によると、中国の輸入額は2015年通年で1兆6820億ドル、前年比14.1%減と大きく減らしている。その中でも目立つのがインドネシアからの輸入額で、前年比で約2割も減らしている。その中核が石炭や銅だ。資源価格の下落もあるが、輸入量の減少も響いているという。

外貨を稼ぐ優等生だった資源だが、中国経済の減速と資源価格暴落の影響を大きく受けており、景気回復の足かせになりかねない。

輸出に向けたインフラが未整備

インドネシア自動車製造業者協会(ガイキンド)によると、同国内での生産能力は年間190万台という。だが、コンサル会社の米フロスト&サリバンは、今年の同国内の販売台数は前年比4.3%減の96万9100台に減少すると予想している。生産能力の半分しか販売できないことになる。となれば、輸出に向けるしかない。だが、そこに未整備なインフラの壁が立ちはだかる。

「港はパンパンで、そこに持っていくまでの道も大渋滞。これでは輸出計画なんて立てられないよ」(日系自動車メーカーの社員)

2014年には輸出台数は20万台を超えたが、同じ東南アジア諸国連合(ASEAN)でライバルとも言えるタイは120万台を輸出するレベルだ。インフラ整備が進まず、輸出増の足かせとなっている。インドネシア政府は昨年、50兆円規模の5カ年インフラ整備計画をまとめた。港湾や道路を整備して経済成長を加速するのが狙いだ。だが、2015年の予算執行は当初、遅々として進まなかった。

上半期を終えた段階での執行率はなんと、たったの1割。10月時点でようやく4割を超えた。ところが、年末には突如「9割を執行した」と政府が発表している。どういうことか。

2014年に庶民の代表として大統領に就任したジョコ・ウィドド氏。拡大しつつあった格差の解消を掲げて国民から人気を誇ったが、就任後の政権の舵取りには苦労している。「彼には人脈がない。ジャカルタ州知事を経て大統領になったが中央政府に太いパイプがなかった。官僚を掌握できておらず、予算執行を命じても遅々として進まない。結局、元の大臣や族議員に頼らざるを得ず、時間がかかっているようだ」(現地建設企業トップ)

インフラ整備の遅れを指摘され、政府は予算執行に躍起になっているというわけだ。入札を経ず、直接特定の業者に業務を発注する「匿名発注」が横行し、ほぼ丸投げの公共事業も多いという。こうした中、ジャカルタ市内を中心に渋滞はさらにひどくなっている。空港から市内までクルマで30分の距離だが「混雑時は3時間は見る」のが通例になるほどだ。

港湾整備も白紙撤回

公共事業の増加は、低迷するインドネシア国内の経済を押し上げることになるだろう。だがプロジェクトが突然、変更になることは依然多く、企業がビジネスのしやすい環境はなかなか整わない。その一例が、西ジャワ州チラマヤ港の整備計画の白紙撤回だ。

同港の整備は近隣に工場を構える自動車メーカーにとってはまさに悲願だった。混雑するジャカルタ港とは別に、自動車生産拠点に近い港を整備して輸出拠点にするのが目的だ。

これは前政権のユドヨノ大統領時代に、日本政府とインドネシア政府が協力することで合意した首都圏投資促進特別地域(MPA)プロジェクトの1つで、最重要事業に位置付けられていた。しかし、昨年4月にユスフ・カラ副大統領は港の建設予定地を別の場所へ移転すると表明した。当初の予定地には石油ガスのパイプラインや関連施設があり、石油ガス生産への影響が懸念される、というのが変更の理由だったが、それは前から想定されていた事情のはずだ。

結果、プロジェクトは白紙撤回。再び調査からやり直すことになり、港湾整備による輸出の拡大は遠のいた。現地に進出している自動車メーカーや二輪車メーカーの輸出計画への期待も萎んだ。国内の需要が低調で、輸出に向けたインフラも整わない。撤退を検討する企業が増えても不思議ではない。巨大市場を占有する日本企業も戦略の練り直しが求められる可能性がある。

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