孫正義 [ソフトバンク創業者]という男②


1999年の終わりが近づくにつれ、孫はその目を日本に向けるようになる。ソフトバンクの日本のマーケット進出にあたって、アメリカで採用したものとは違う手法を取った。いくつもの企業の株を過半数買収したり創業当初から育てたりすることによって、垂直的に統合されたインターネットの巨人を生み出した。日本のeコマースがアメリカに遅れをとっていた状況を逆に利用して、日本のインターネット業界に確固とした地位を築いた。孫の計画が成功したカギはヤフージャパン株の過半数を買い取ったことだ。

孫は、ヤフーのポータルサイトを通じて、ネットワーク上の消費者を、ソフトバンクがその一部あるいはすべての株を持っている企業のビジネスに誘導できればよいと考えた。そうした企業には、E*トレード、ジオシティーズ、ブロードキャスト・ドットコム、カーポイントなどの日本法人もある。

インターネットに対するこうした巨額の投資によって、孫とソフトバンクの資産がナスダックの資産と密接に連携するようになった。新たなミレニアムの始まりとともに、ソフトバンクは急降下するジェットコースターに乗せられてしまい、孫の個人資産もひどい打撃を受けた。2000年の初め、孫の個人資産は4000億ドルも減少した。その年が終わるころには、ソフトバンクの時価総額は1900億ドルから230億ドルに落ちていた。

とはいえ、帝国を建設するという孫の大胆な野望に対する最終的な評決が下されるのはまだまだ先のことだ。ドットコム企業のバブルははじけたかもしれないが、eコマースは依然として成長を続けており、世界の経済で重要な役割を演じているからだ。孫にとっての課題は、不況下におけるソフトバンクの経営の再構築と指導力だ。1997年、100億ドル企業に育てるという目標について聞かれたとき、どこまでも大胆な夢を追いかける孫はこう答えている。

「数字そのものがゴールではない。それは単なる指標であり、マイルストーンにすぎない。私が今考えているのは300年スケールの計画だ」

孫がまだ当分の間、経営者の座にとどまるのは明らかだ。

 

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著書/関連書
「志高く 孫正義正伝」
井上 篤夫 著(2004年発行 実業之日本社)

「ソフトバンク「常識外」の成功法則」
三木 雄信 著(2006年発行 東洋経済新報社)

プロフィール
1957年 誕生
1973年 英語の勉強のためカリフォルニアに行く
1981年 日本に帰国。シャープに特許を売って得た100万ドルのうちの8万ドルでソフトバンクを設立
1992年 従業員570人、製品販売店1万5000店、年間売上高3億5000万ドルになる
1995年 アメリカのインターネットマーケットに初めて本格的に進出。ヤフーを買収
1996年 ヤフー株の公開を果たし、投資を回収
1999年 日本のインターネット関連企業株に目を向ける
2000年 4000万ドル以上資産が減少。ソフトバンク株の時価総額が1900億ドルから230億ドルにまで減少する
2004年 ダイエーからプロ野球球団を買収。日本テレコムを買収、固定電話事業開始。
2006年 ボーダフォン日本法人を買収、携帯電話事業を開始。

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