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スティーブ・ジョブズ氏とビル・ゲイツ氏はお互いをどう評価しているのか–2007年の対談を振り返る

Steve Jobs(スティーブ・ジョブズ)氏とBill Gates(ビル・ゲイツ)氏が2007年に共演したイベントの内容を書き起こし。IT業界を牽引してきた2人が、コンピュータ黎明期を振り返ります。時には協力関係にあり、常に競争し合ってきた両者が24年ぶりの共演で一体何を語ったのでしょうか?(この動画は2007年に公開されたものです)【スピーカー】
Apple 創設者 Steve Jobs(スティーブ・ジョブズ) 氏
Microsoft 創設者 Bill Gates(ビル・ゲイツ) 氏
ITジャーナリスト Walt Mossberg(ウォルト・モスバーグ) 氏
ITジャーナリスト Kara Swisher(カラ・スウィッシャー) 氏【動画もぜひご覧ください!】
Steve Jobs and Bill Gates Together in 2007 at D5

AppleとMicrosoftはお互いをどう意識しているのか

カラ・スウィッシャー氏(以下、カラ) では始めましょう。最近はメディアやブログなどでお二人の会社に対する意見が活発に出されています。まずは、お二人はお互いの会社がコンピュータ業界やデジタル社会にどのような影響をもたらしたと考えているかについておうかがいしたいと思います。スティーブからお願いします。

スティーブ・ジョブズ氏(以下、スティーブ) まずはビルが業界で初めてソフトウェア会社を作りました。これは我々がソフトウェア会社の役割をまだはっきり把握していない時点のことです。とてもすごいことです。そしてビルたちが追求したビジネスモデルは、業界としては最適なものでした。誰よりも先に、他の人がソフトウェアとは何なのかを把握する前に、そこに焦点を合わせていたと思います。もちろん他の意見もあるでしょうが、僕にはそう見えます。そうやって会社を作るのはとても大変なことですし、人を説得し、雇い、働かせるというのも大変なことです。ビルはそれを長年成功させてきた人です。

ウォルト・モスバーグ氏(以下、ウォルト) ビル、スティーブとアップルがもたらした影響は?ビル・ゲイツ氏(以下、ビル) まずひとつ言っておきたいのは、ぼくはニセ「スティーブ・ジョブズ」ではありません。スティーブがやってきたことは素晴らしいことです。まず1977年に、コンピュータを一般化させるという目標の元、「Apple II」を作りました。多くの人が同じような取り組みを始めていますが、Appleはこの機械の可能性に賭け、追求しました。そしてその後、Macintoshという素晴らしいものを作り上げました。皆さん覚えているかわかりませんが、Lisaの売れ行きがあまり伸びず、Appleは賭けに出たんです。社内でスティーブが組織した開発チームの中では様々な挑戦が行われていました。時々ちょっと先走りすぎじゃないかな、とも思えるようなアイディアもありましたがね。Twiggyディスクドライブとか覚えてる?

スティーブ 128Kのね。カラ ああ、Twiggyディスクドライブね。

ステージの上にいない人こそ、会社のイノベーションの源泉

ビル かつてスティーブが行ったスピーチが印象に残っています。「我々は、自分たちが使いたいものしか作っていないのだ」と。彼は、センスとエレガンスに満ちたもので業界に貢献してきたと思います。彼が探り当てるセンスは素晴らしいです。Appleが潰れそうになっていた中、スティーブが戻ることで、今までの成功の秘訣だったイノベーションとガッツを取り戻したと思います。我々ふたりともこのように関われて、大変幸運だと思います。

スティーブ あと、我々ふたりとも会社を始めた仲間たちに恵まれたし、良い人々に共感してもらうことができました。MicrosoftとAppleで行なわれていることは、才能に満ちた人々、このステージ上にいない人々の手によって行われていることばかりです。カラ 私たちじゃないということね(笑)。

ウォルト そうみたいだね(笑)。では、あなたはあくまでそうした人たちの代表としてこの舞台の上にいる、ということですね。

スティーブ その通りです。

ウォルト さっきビルが話していた1977年のApple IIの他にも、一般家庭向けのコンピュータがありました。「一般」と言っていいかわからないですが、確実にコンピュータが使える人の幅が広がったと思います。1978年のAppleのプリント広告を見ていたのですが「大勢の人々がAppleのコンピュータを手に取った」と書いてありました。あと、「カートリッジを差し入れするようなパソコンは買わないほうがいい」ともありました、多分Atariか何かを指してたのかな。自分でプログラムを書けるコンピュータがいい、と言っていました。

スティーブ 当時、我々の広告は変わったものが多かったんですよね。キッチンで奥さんらしき女性がコンピュータでレシピを打ち込んでいて、旦那さんが奥のほうから厳しい目で見ている、といったものもありましたね。

ウォルト その広告はどうでした?

スティーブ あんまり成果は上がりませんでしたね(笑)。

AppleⅡにMicrosoftのソフトが入っていた時代があった

ウォルト 過去の話に戻りますが、Microsoftが設立されたのはAppleの数年前ですよね、Appleが1976年で、Microsoftが……。

ビル 1974年ですね。そしてBASICを1975年に発売しました。

ウォルト ご存知でない方がほとんどだと思いますが、Apple IIにMicrosoftのソフトが入っていましたね。あれはどういうことだったんですか?ビル 当時はAltairなど24社くらいがコンピュータを作っていました。1977年にはPAT, TRS-80……。

ウォルト Commodoreも?

ビル そう、Commodore-PAT、TRS-80、Apple IIなどが作られていました。オリジナルのApple IIにInteger BASICが入っていた時には我々は関わっていませんでした。ただ浮動小数点数を使ったBASICができて、当時私はウォズと一緒に仕事していたのですが……。

スティーブ この話は僕がしたほうがいいかもしれない。僕のパートナーだったスティーブ・ウォズニアックはとても頭がいい人物です。エラーが出る度に時間をかけて探し当てなくてもいいような、他のBASICができないことができる世界一のBASICを書いたんです。ただ、それは処理に不動点を使っていたんです。一般的な浮動小数点ではなく。浮動小数点を使ってBASICを作ってくれという声をたくさん聞いて、我々はウォズに「お願いだから浮動小数点で作ってくれ」とお願いしたんです。

ウォルト 当時、Appleには何人いたんでしたっけ?

スティーブ まあ、僕がひとりで言っていたんですけどね(笑)。それで「お願いだから改良してくれ」と頼んでいるのに、作ってくれないんです。そもそも彼はこのBASICを、手書きで紙に書いて作っているんです。アセンブラなどは使わず、手で書いてから打ち込んでいました。

カラ なぜ?

スティーブ それが未だにわからないんです。理由はともあれ、結局ウォズは作ってくれなかった。そこでMicrosoftが作ってた浮動小数点BASICが人気ですごく良かったので、それを使わせてくれるようにお願いしたんです。

Microsoftは初期のMacを所有できた数少ない会社の1つ

ウォルト おいくらだったんですか?

ビル 31,000ドルでしたね。Appleまで行って、2日間くらい作業をしました。カセットに保存されていたので、時間がかかりましたね。楽しかったです。でも多分1番楽しかったのは、もっと後でした。

ウォルト それはなんですか?

カラ 何が1番楽しくなかったかも聞きたいですね。

ビル これはもしかしたらスティーブが話すべきなのかもしれませんが……。Macintoshを始めたチームは、とても忠実で優秀でした。我々もジェフ・ハーバーズらが在籍している優秀なチームを抱えていて、Macintoshの成功と、そこから生まれるグラフィックス・インターフェイスの普及に賭けていたのです。一緒に仕事をしていて、スケジュールが未定だったり、どのようなクオリティになるのか、値段がいくらなのかもわからず、大変でした。スティーブが来るまでは実はもっと低い価格帯に設定されていたのですが、まあそれは仕方のないことでしょう。

カラ では、お互いの会社で働いていたのですね?

ビル シアトルに来てもらったり、我々が行ったりです。

ウォルト 記憶が正しければ、MicrosoftはプロトタイプのMacを所有できた数少ない会社のひとつですよね?

スティーブ あまり記憶が定かではないのですが、当時Microsoftはアプリケーション事業をやっていませんでしたよね? ここからアプリ事業をスタートしたわけで、Macintoshに対してすごく賭けてくれたんです。当時はLotusがコンピュータのアプリ事業を引っ張っていました。

Macのアプリを作ったのはビル・ゲイツのチーム

ビル Apple IIでMultiPlanをやって、成功しました。ミッチがIBMコンピュータに賭けて、Lotus1-2-3が現れて、業界を圧倒的に支配していたんです。我々にはWordがありましたが、当時はWordPerfectがワードプロセッシングのdBASEデータベースで最も強いと言われていたため、次のパラダイムシフトがどこにあって、どのタイミングで参入すべきかが問われていました。

ウォルト 全部DOSベースのソフトウェアだったんですか?

ビル 全部そうでした。Windowsは視野に入ってなかったので。90年代になってからですね、変わったのは。Macintoshでグラフィック・インターフェイスへのパラダイムシフトが起きるだろうと考えて、128Kのメモリーを搭載したんです。そのうち22Kはスクリーンバッファー用で、14KはOS用でした。

ウォルト 最初のMacintosh OSは14Kだったんですか?

ビル 14KはOSが起動するためのものだったので、Shellが出てきたら128K全部使えていました。

スティーブ OS自体は14Kより大きかったです。20Kくらいでした。今はGB単位でメモリーを積んでいますよね。誰も覚えてないですよ、128Kなんて。

ウォルト 私は覚えてますよ。当時の128Kのコンピュータに莫大な金額を払いましたよ。2つの会社はMacプロジェクトに密接に取り組んでいたんですね。それはおそらく、2つの会社は唯一というわけではありませんが、主要なソフトウェアクリエイターであったからですよね。

スティーブ AppleがMac自体を作っていたのですが、ビルのチームがアプリケーションを書いてくれてたんです。我々もMac PaintやMac Drawをいくつか作りましたが、ビルのチームは素晴らしいものを作ってくれていました。

Mac VS Windowsというのは間違い

カラ スティーブが会社を去って、ビルの会社がどんどん大きくなった後、Appleはどうなってしまうと思いましたか?

ビル とても難しい状況でしたね。Macintosh用のExcelなどソフトウェアを開発し続けました。ちなみにあれはスティーブとニューヨークで一緒にお披露目したんです、面白かったな。しかしAppleは当時、他のプラットフォームと差別化することができていなかったと思います。

ウォルト Windowsのことですよね?

ビル DOSとWindowsですね。

ウォルト とくにWindowsは90年代に爆発的に売れ始めましたよね。

ビル 1995年にWindowsの人気が出ました。ただ当時の論点はMac 対 Windowsではなくて、テキストユーザーインターフェースとグラフィックス・インターフェイスだったんです。386が出て最初にメモリー容量が増えて、早くなって、デベロッパー用のツールが増えた時、さっき言ったGUIに対するパラダイムシフトが起きたんです。使っていた人たちがそういう方向に持って行ったんです。

ウォルト Appleはそれを活かせなかったのですか?

ビル 512KのMacが出た後、製品ラインナップが時代の流れに追いつかなくなったんです。スティーブはもちろん居なかったですけどね。

ビル その時ギル・アメリオと投資の話を持ちかけてたんです。ほんとですよ!

カラ いじめちゃダメですよ!

ビル なんで?

カラ ギル・アメリオの話をしたから、スティーブが嫌な顔をしてますよ。

ビル というわけで、週末ギルに電話してたりしたんだけど、突然スティーブから連絡があって、「ギル・アメリオとの交渉はもういいよ、今後は俺とのやりとりで」ってね。

スティーブ ギルはいい人でしたよ、でも彼は前「Appleは船底に穴が開いていて、舵を取り直すのが私の仕事だ」って言っていましたよ。

 

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ココイチ創業者、引退後の音楽人生

宗次ホールは、4フロア吹き抜けの天窓から光が注ぎ、演奏会では音が降るように聴こえる。まるで教会のような響き。ステージと310の客席は一体感があり、建物全体が鳴るように感じる。

背景の白壁が潔く美しい。名古屋市栄にある宗次ホールの客席に立つのは、宗次德二氏。カレーチェーン、カレーハウスCoCo壱番屋(以降、ココイチ)の創業者だ。

2002年、「会社を引き継ぐ後継者が育った」と判断するやココイチの経営から退いた宗次氏は、翌03年に特定非営利活動法人(NPO)イエロー・エンジェルを設立。文化、芸術、スポーツの振興や支援や助成に力を注いでいる。

なかでもクラシック音楽への思いは強く、地域の学校の吹奏楽部に楽器を提供し、またストラディバリウスやドメニコ・モンタニャーナといったバイオリンをはじめとする世界的名器を演奏家たちに貸与している。

貸与する名器は30挺(ちょう)。楽器提供は170校

宗次ホールのステージから客席を望む。「多くの音楽家にここで演奏していただきましたが、そのなかでもピアニストの小山実稚恵さんの演奏は何から何まで素晴らしい。毎回必ず前日からホールに入って、指慣らしやリハーサルを行っています」。

「ここに10万円があるとしましょう。それを自分自身の物欲に使うのと、世の中の役に立とうと努力している人のために使うのでは、10万円の価値がまったく違います。楽器ならば、演奏する人はもちろん、音楽を通して多くのリスナーの心も豊かにすることができます」

宗次氏が楽器を提供する学校は170校に増え、貸与するバイオリンやチェロやビオラは30挺を数える。

そして、06年には28億円の私財を投じ、名古屋の中心地に客席数が310あるクラシック専用の宗次ホールを建てた。

「くらしの中にクラシック」

これが宗次ホールのキャッチフレーズ。15年の主催公演実績は年間403回。つまり、1日に2公演を行うことも珍しくない。その核といえるのが「ランチタイムコンサート」だ。

「午前11時半から一時間だけ行う演奏会です。チケット料金は1000円で、誰もが知る名曲を聴いていただきます」

宗次氏はなぜ、ここまで音楽に力を注ぐのか──。その理由には、10代の頃の原体験がある。

 

左:貸与する名器は30挺。現在は宮本笑里氏にドメニコ・モンタニャーナ、竹澤恭子氏にストラディバリウスを貸与。五嶋龍氏にもストラディバリウスを貸与していた。
右:初めて買ったレコードは直美夫人への誕生日プレゼントでヴィヴァルディの『四季』。ジャケットを開くと「なにもできないけど、これは一番好きなレコードです。大事に聞いて下さい。五月になったら二人でドライブに行きたいと思ってます 宗次」というメッセージが記されていた。

ココイチ経営の30年間は、友人も作らず仕事ひと筋

それは1964年のことだった。中古で譲り受けたテレビからメンデルスゾーンのバイオリン協奏曲が流れてきた。その調べは、当時16歳の宗次少年の心に潤いをもたらす。

「中学までは養父とふたり暮らしでした。父は働かなくて、私たちは貧しく、家賃を滞納しては追いだされ、引っ越しばかり。電気も止められる生活が何年も続いて。養母は愛想をつかして家を出たままでした」

そんな養父に胃がんが見つかり、この世を去ったのは、宗次氏が高校に入る頃だ。

「養父亡きあとは、離れ離れで暮らしていた養母と6畳ひと間のアパートで暮らし始めました。母のまかないの仕事で家賃と光熱費を払い、私はクラスメートの豆腐店でアルバイトをさせてもらって学費とわずかな小遣いを稼ぎ、ようやく人並みの暮らしを手に入れました。テレビが来たのはその頃です。同時期に、友人から、やはり5000円でナショナルのオープンリールのテープレコーダーを譲り受けましてね。私が初めて手に入れた宝物。嬉しかったですよ。とにかく何か音楽を録音したくて、テレビをつけました。すると、ちょうどNHK交響楽団がメンデルスゾーンのバイオリン協奏曲を演奏したんです」

宗次氏とクラシックとの出会いである。その日からはむさぼるように音楽を聴いた。

「第一楽章の、あのバイオリンの導入部が胸にしみましてねえ。録音して、毎朝必ず学校へ出かける前に聴きました。1カ月に1度くらい、近所の小学校の体育館で行われる、クラシックレコード鑑賞会にも欠かさず参加しました」

ホールや楽器にお金を使えば音楽を通じ多くの人を豊かにできる

宗次ホール1階の仕事場に、専用の部屋はない。宗次氏の日々はクラシック音楽と、全国での講演活動で明け暮れる。今も365日、毎朝3時55分に起床し、90分間、街の清掃を続けている。

初めて買ったレコードは、後に妻となる直美氏への初めての誕生日プレゼント。
「ヴィヴァルディの『四季』のLPレコードです。20歳の当時は会社員で、神奈川県に転勤中。ステレオセットを買った緑屋という月賦百貨店の隣のレコード店で、その頃最も人気のレコードがこれでした」

しかし、74年にココイチの前身となる喫茶店「バッカス」を始めてからは、30年近くクラシック音楽から離れた。
「経営ひと筋の30年です。私のような実績のない人間がビジネスで成功を収めるには、よそ見はいっさいダメ。心に誓いました。睡眠時間は1日4時間前後。毎朝5時前には出社し、お客様から届く1日約1000通のアンケートハガキに目を通しました。25歳から33歳までは友達をひとりも作りませんでしたね。スナックやクラブに足を踏み入れたこともありません。でも、楽しかったですよ。経営は右肩上がりで、社員や得意先の喜ぶ顔に囲まれていましたから。増収増益こそが、経営者として最高の喜びでした」

宗次ホールの収支決済は3年以内に黒字実現へ

クラシック音楽との”再会”は、すでにココイチの引退を決めていた2002年だった。

「仕事で博多へ向かう機内放送で、ルチアーノ・パヴァロッティのオペラ・アリアを聴きましてね。30年前のクラシックへの思いが蘇りました。宗次ホールの土地は偶然、前を通った時、競売の立て看板を見つけ、入札したら買えましてね。周囲の空き地や建物が老朽化した土地も交渉したら購入できたのです。250坪の広さになりましたから、自宅兼コンサートを楽しむサロンを作る予定から、急遽、本格的なコンサートホールに変更したのです」

ホールは、観客がいい音楽を体験できることを最優先に考えてつくった。

「3フロアを吹き抜けにし、その下に飲食店を作るつもりだったけれど、4フロアをホールにしました。飲食店のフロアはあきらめました」

その結果、高い天井から音が降り注ぐホールが実現した。

「私は自分のためにほとんどお金を使いません。今日も、スーツから靴まで合わせて3万円です。時計を加えても3万7800円。だけど、妻に言わせると、私がやっている音楽ホールの運営や楽器の貸与は最大の贅沢なのだそうです。それでも、あと3年以内には、ホールも黒字になる目算は立っています」

Tokuji Munetsugu

948年石川県生まれ。幼少期を施設で過ごし、4歳で養父母に引き取られる。74年に喫茶店「バッカス」、78年に「カレーハウスCoCo壱番屋」創業。82年に壱番屋を法人化し代表取締役社長、同会長を歴任。2002年からは創業者特別顧問。03年NPO法人イエロー・エンジェルを設立。

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ジョージ・クルーニー ゲーテのアイコンに学ぶ! 贅沢な生き方、贅沢な仕事

『オーシャンズ11』の大ヒットで、ジョージ・クルーニーが押しも押されもせぬ大スターとなったのは2001年のことだ。演じたダニー・オーシャンよろしく、人気俳優の弟分たちを従えて立ち上げた製作会社では監督デビューも果たした。その彼を表紙にした「ゲーテ」の創刊号が出たのは2006年、前年に日本公開された『オーシャンズ12』も大ヒットを記録し、まさに日本中が彼に魅了されていた頃だ。だが彼自身、より力を入れていたのは、「ゲーテ」創刊と同年に公開された監督第2作『グッドナイト&グッドラック』だろう。1950年代に吹き荒れた”赤狩り”と敢然と戦ったジャーナリストたちを描き、その後の自身の生き方にも直結するこの作品を作るため、彼は自宅を抵当に入れて予算750万ドルを工面した。完成した同作はヴェネツィア映画祭で2冠獲得、アカデミー賞でも6部門ノミネートを果たす。

「もし映画が金になるなら、僕は”金”を作る。もし金にならなくても、作りたい映画を作るけどね」

ビジネスを楽しみつつ、青臭い夢や信念も諦めない。そして、ここぞという時には一気に勝負に出る。しぶとさと度胸を兼ね備えたロマンティストは、男なら誰もが憧れる理想の在り方であり、だからこそ、「ゲーテ」はこれまで幾度も彼を表紙に選んできた。

2006年には、進出予定だったラスベガスのリゾートホテル事業の用地を売却し、そこで得た1億ドルの利益をアフリカの債務削減プロジェクトに寄付。その後はブラッド・ピットらとともに慈善団体「Not on Our Watch」を設立し、引き続きアフリカを支援し続ける。社会派一辺倒かといえばそうではなく、好きが高じて乗り出した「究極のテキーラ作り」では、自身のブランドまで立ち上げたり、極めつきは、「生涯独身宣言」を翻(ひるがえ)した一昨年の結婚だ。ヴェニスでの結婚式は5億円をかけた煌びやかなものだったという。そして2週間のハネムーンは、英国・バークシャーに購入した8億円の新居でふたりきりで過ごしたとか。一時は売却が噂され、ベッカムが36億円で購入を申しでたコモ湖の別荘も、いまや愛の巣だ。

「金はずいぶんなくした。赤字ばっかりさ。とはいえ日雇い仕事ってわけじゃない。イタリアにいい家も持ってる。上出来さ」

仕事と人生を楽しむために財は惜しまない。「24時間仕事バカ!」こそ、贅沢に生きるべきだと彼は教えてくれる。

George Clooney

1961年ケンタッキー州生まれ。78年俳優デビュー。『オーシャンズ11』『フィクサー』など代表作多数。監督・プロデューサーとしても活躍。俳優としての最新作にコーエン兄弟の『ヘイル、シーザー!』が5月に日本で公開予定。

楽天社長 24時間仕事バカ

楽天が加速している。どうやら台湾進出で世界への足がかりを掴んだようだ。だが、そのキーワードは恐ろしく人間臭い。「しつこくやれば、できないことはない」「できるまでやめない」。これぞ、20年後に世界一を目指す三木谷イズムの神髄である。

三木谷浩史

Hiroshi Mikitani
1965年神戸市生まれ。大学時代はテニス部の主将。一橋大学商学部卒業後、日本興業銀行入行。93年、ハーバード大学MBA取得。97年エム・ディー・エム(現楽天)設立。01年には米フォーチュン誌が「世界の次世代経営者25」に選出した。
楽天が世界一になるまで「あと20年」の根拠

楽天が世界一になるまで「あと20年」の根拠

「僕はビジネスのオタクみたいなもんだから。夜、眠っていても仕事のことを考えている。もう病気ですよ、病気(笑)。普通の人に、真似をするのが難しいのはわかる。だけど、僕みたいな人間が、どうしても、あと何人かうちの会社には必要なんです」
三木谷浩史はそう言う。何のために必要なのか。楽天を世界一のインターネット・サービス企業に成長させるためだ。株式時価総額で比較するなら、現段階で楽天は6位。世界一になるには、トップのグーグルをはじめ、前方に立ち塞がる5つの巨大ネット企業を抜き去らなければならない。あと何年でその目標を達成できると思いますかと質問すると、即座に「20年後」という答えが返ってきた。
おそらく、20年後の社会のインターネット企業は、今よりももっと桁違いに巨大化しているはずだ。あらゆる分野の企業を凌駕し世界一の企業になっていたとしても、誰も不思議には思わないだろう。いや、確実にそうなる。どうやら三木谷は、そう信じているらしい。世界一のインターネット・サービス企業になることは、世界一の企業になることを意味する。そのために、彼は何よりも、人材を必要としている。
「何をもって世界一とするか。株の時価総額なのか、流通総額なのか、利用者数なのか。考え方はいろいろあるけれど、僕が本質的に目指しているのは、そういうものではない。僕が目指すのは、世界一の仕組みを持った企業です。世界一の人と仕組みを持つ企業を作りたい。人材と仕組みこそが、会社の本質ですからね。世界一の人と仕組みがあれば、世界一の売上や時価総額という結果は自然についてくる。そこまでいくのに、20年。それくらいで、僕の現役人生は終わる。僕の人生はそんなもんで、ちょうどええんちゃうかなと思ってます」
社員2名で始めた会社を世界一の企業に育てることを、「そんなもん」と言い切る。それは驕りでも衒いでもない。彼の本心なのだろう。

 一日の仕事の始めに、各部署から上がってくる日報をチェックする。部外者の目には字の羅列に過ぎないが三木谷にとっては日報が会社の状態を知るための目であり耳。行動目標は具体的な数字に置き換えられる。毎日同じ書式を見ているので、問題のある部分は、浮き上がって見える。
三木谷浩史「格言集1」

三木谷浩史「格言集1」

小さな成功で
自信を築け。

人生一生勉強。すべて勉強。

Get things done.
世の中にはふたつのタイプの人間しかいない。
できる方策を探す人と、
できない言い訳を考える人。

人生は
生から考えるか、
死から逆引きで
考えるかによって、
大きく変わる。

ビジネスモデルはIT企業らしからぬ「絆」

ビジネスモデルはIT企業らしからぬ「絆」

三木谷浩史という人を、上手く説明するのは難しい。彼自身はよく「僕はハイブリッドだから」と言う。大学教授だった父の祖先は家康の時代まで遡る武家の名門、帰国子女の母の祖先は江戸期の豪商の家柄。学問とビジネス、武士と商人のハイブリッドというわけだ。
言葉に違わず、彼の中には相反する性格が混在している。一橋大学卒、日本興業銀行入行、ハーバードMBAという経歴から浮かぶのは、万事にそつのないエリート・ビジネスマンの姿だ。興銀時代は国家間にまたがるM&Aを任されていた。何億円、何十億円の単位のビジネスだ。その彼が、起業当初は月額5万円だった楽天市場への出店契約を取るために、全国を走り回っていた。興銀時代を知る人の中には、三木谷を嘲笑した人もいたらしい。だが彼は気にもしなかった。数人の社員と一緒になって、毎月5万円の契約取りに寝食を忘れて没頭した。
基本は飛び込み営業だ。ほぼ門前払いを食う。そこで三木谷は走ったり、腕立て伏せをしてから営業先に飛び込む裏技を編み出す。息を切らせ汗をかく営業マンを、簡単に門前払いできる人は少ないと考えたのだ。
はっきり言って、泥臭い。けれどその泥臭さを微塵も恥じないのが三木谷の強さであり、それが並のエリートとは根本的に異質な部分だ。そして、この三木谷の性質は、そのまま真っ直ぐに楽天市場のビジネスモデルとつながっている。
「楽天のビジネスモデルは、たとえばグーグルとかアマゾンのようなシンプルなモデルではないわけです。楽天市場というインターネットのショッピングモールを作り、出店者を募る。出店者の増加が楽天の成長につながるのはもちろんだけれど、単純に増やせばいいとは最初から考えていなかった。当初は出店者の方と秋葉原に出かけてパソコンを買い、設置する手伝いまでしたくらいです。パソコンが普及した今でも精神は変わっていない。出店していただけたら終わりではなくて、出店者がどうすれば売上を伸ばせるかを一緒になって徹底的に考える。そのためのホームページ作りのノウハウの提供に始まって、ありとあらゆるきめ細かなサービスを構築してきました。その結果として出店者の方々との間に結ばれた絆が楽天の強さ、その絆まで含めてのビジネスモデルなんです。手間がかかるのは事実だし、ほかのネットビジネスのように、爆発的に世界に広げるのは難しい。けれど、いったんその地域に根付いてしまえば、きわめて堅固です。その堅固さを土台にして、ちょっと遅れはしましたけれど、楽天は世界に進出していきます」

三木谷浩史

出社時間にエレベーターホールが大混雑しているのを見て、その解消法を考えたのも三木谷だった。エレベーターの停止階を制限し、停止しない階へは階段を使うことにした。混雑は一気に緩和され、健康増進にもなった。もちろん三木谷本人も歩く。
三木谷浩史「格言集2」

三木谷浩史「格言集2」

Never too late.

0.1%の改善の積み重ねが、
成功を生む。
そして、大きなチャンスを
的確に掴みとれる。
そういう人を
運がいい人と言う。

精神的
エネルギーレベルを
下げるな。

ピンチの時は、
自分の中に
第三人格を作れ。

月に行こうという
目標があったから、
アポロは月に行けた。
飛行機を改良した結果、
月に行けたわけではない。

台湾進出で掴んだ世界企業になる自信

台湾進出で掴んだ世界企業になる自信

三木谷は昨年、世界進出の第一歩として台湾に楽天市場をオープンした。約1年が経過した現在、台湾楽天市場の出店者の増加率は、かつて三木谷たちが日本で経験したよりも遥かに高い水準を維持している。
楽天ビジネスモデルが海外でもきちんとワークするということは認識してもらえたと思うし、自分でもそれは自信になった。ひとつはっきりしたのは、楽天のビジネスモデルは、世界中で楽天しかないということです。アメリカのeコマースにも、楽天みたいに面倒見のいい会社は存在しない。システムだけ提供するとか、トラフィックだけ提供するというスタイルです。ウチが提供するのは、最先端のテクノロジーと融合したきめ細かなサービス。出店者の方たちと、一緒に汗を流す。そんなことのできる会社は、世界を見渡しても楽天しかないんです」
楽天の提供するきめ細かなサービスは、日本人の得意な分野でもある。楽天市場は、日本独特のビジネスモデルなのだ。それが世界に通用するか否かは、ワールドカップでの日本代表の勝敗と同じくらい興味がある。ひとつだけ危惧があるとすれば、現地スタッフが果たしてどの程度、その日本人的なビジネスを再現できるかどうかだ。
実を言えば、三木谷は台湾進出を通して、なによりそこに自信を得た。台湾のスタッフのこの1年間の成長には目を見張るものがあると言う。
「台湾楽天市場がオープンした当初は、12人の日本人を派遣したんですが、今現在は6人に減りました。あとの73人はすべて現地の、つまり台湾のスタッフです。この1年間で彼らは変わりましたよ。日本の猛烈ビジネスマンだって兜を脱ぐくらいよく働くし、いい仕事をしてくれるようになった」

三木谷浩史|日本人は内弁慶すぎる。もっと自信を持とう。
『成功の法則 92ヶ条』

『成功の法則 92ヶ条』 ¥1,680(幻冬舎)

『成功の法則 92ヶ条』 ¥1,680(幻冬舎)

三木谷イズムの集大成とも言うべき自著の第二弾が上梓された。前著が総論とすれば、本作は各論。成功するための鉄則を、具体的な92の法則にまとめた。楽天の社内での朝会で12年間にわたって三木谷が社員に語りかける中で生まれた、ビジネスを心底楽しみ、人生を完全燃焼させて生きるための成功哲学の集大成。
 日本で楽天市場をスタートさせた時、三木谷は若い社員と一緒に会社で徹夜し、牛丼をかき込みながら、夢を語り、叱咤激励しながら、三木谷イズムとでも言うべき企業精神を育ててきた。日本と台湾とに離れていては、そういう社員教育はできなかったはずだ。どうやって台湾の社員たちの成長を促したのですかと質問すると、三木谷は会心の笑みを浮かべた。
「基本的には同じですね。寝食は共にできないけれど、テレビ会議で毎週のようにミーティングをしてます。どんな話をするのかって? 日本と同じですよ。『やる気はあるのか』と、『やる気がないんだったら辞めろ』って(笑)。それで十分に通じますよ。まあ、それはあくまで雰囲気の話であって(笑)、具体的には、この仕事をする意義だとか、楽しさだとか、あるいは我々が何を目指すのかという目的を話しています。これは単なる営利活動じゃなくて、社会の既得権益と闘って、個人のビジネスを後押しする仕事であり、人と人をつなぐ仕事なんだという僕たちの理想をね。それから、もうひとつは『見える化』です。ひとりひとりの仕事の内容と、結果を誰にでも見えるように数値化し、具体性をもって仕事を進められるようにする。なんとなく頑張るのではなく、具体的に何をどうするのかを明確にして、仕事に取り組む。つまり、日本の楽天と同じことをしている。その方法論は、外国でも完璧に有効です。台湾だけじゃなく、アメリカの社員ともテレビ会議のミーティングで仕事しているんだけれど、これも上手くいってます。『辞めちまえ』と言って、辞める社員はいない(笑)。楽天の企業精神を世界中に根付かせることはできる。それは、最初から自信があったんです。僕はしつこいですから。しつこくやれば、できないことはない。なにしろ、できるまではやめないんですから(笑)」
アジア、アメリカ、ヨーロッパ……。それぞれの地域で、楽天市場の進出のための準備が進んでいる。台湾に続く楽天市場の海外拠点はいったいどの国になるのか、そしてそれは何年後のことなのだろう。この最後の質問に、三木谷は意味深長な答えを用意していた。
「現段階では、残念ながらはっきりとは答えられません。ただし、それは何年後というようなゆっくりした話ではない。それに、ひとつの国から順番に始めるとは限らない。まあ、どの国にしても、最初は小さな規模から始めるつもりです。少人数から始めて、しっかりと楽天の企業精神を根付かせる。そしてその精神を土台にして、ビジネスを大きく育てる。このインターネット時代に泥臭いと言われようが、それが僕たちの戦略であり、それだけはほかの誰も真似できないと思っているんです」

ホリエモン”こと堀江貴文氏(43)が56億円“宇宙詐欺”にあっていた!

56億円をだまし取られる

 

“ホリエモン”こと堀江貴文氏(43)が約56億円の現金をだまし取られたとして、米テキサス州で訴訟を起こしていたことが分かった。

「本件は、民間の宇宙船マーケットで起きた詐欺」として、堀江氏がヒューストンの弁護士であるアート・ドゥラ氏らを訴えている。

堀江氏はロシア製の宇宙船「アルマズ」を利用した宇宙プログラムに投資していたが、後に宇宙船が展示以外に使えない“ポンコツ”であることが判明。

しかし相手は全面否認

 

投資金などの返還を求めている。一方、ドゥラ氏側は裁判で「何ら不正行為は行っていない」と全面否認している

宇宙事業は子供のころからの夢

 

宇宙ビジネスは堀江氏にとって、たくさんのやりたいことの中の一つだという。

僕は宇宙を「誰でも気軽に行ける場所」にしたいだけ。そうすると、世の中は大きく変わるはずだから。

「宇宙に行こうとしたら一人30億円くらいかかる。高すぎますよね。せめて一人1000万円を切る値段で行けるようにしないと。そのためには、自分たちの手でロケットを作るしかないんですよ」

2015年に北海道に住民票を移す

 

今、何より夢中になっているのが「宇宙」。北海道で、超小型衛星を打ち上げるべく実験を繰り返しているのだ。インターネットが大爆発したように、改めて宇宙の時代が来ると考えている。

2015年12月から北海道大樹町に住民票を移していた。 大樹町には、堀江が創業したロケット開発を手がける会社があり、自身もたびたび訪れるなど、かねてから縁があるという。

ネットでの反応

詐欺師が詐欺師に引っかかる
王道パターンだな

やっぱり「自分は騙されない」って思ってる人ほど騙されるもんなのかね

まさか、あのホリエモンが詐欺に遇うなんて…ネット情報・高IQ・人脈が有っても、騙される時は騙されるんだ

しかし当の本人は余裕の態度

Twitterで、堀江氏は「なんも心配ないやん」と投稿する。「どうせ投資した金だし弁護士任せだし笑」と56億円の詐欺被害に余裕をみせた。

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「アホが多いので仕方ない…」ホリエモンがいろんな人たちとケンカしまくってる

▼最近はバラエティでもよく見かける「ホリエモン」こと堀江貴文氏

 

ホリエモンこと実業家の堀江貴文氏

“IT時代の寵児”として注目を集め、多くの若者から支持される

最近はバラエティ番組に出演するなど、活動の幅を広げています。

▼熊本地震で出演番組が放送延期となり、怒りを露わにしていた彼

 

堀江貴文が4月16日(2016年)、インターネットテレビ局「Abema TV」で放送予定だった出演番組が、熊本の地震をうけて放送延期となったことに関し、ツイッターで怒りをぶちまけた。

「熊本の地震への支援は粛々とすべきだが、バラエティ番組の放送延期は全く関係無い馬鹿げた行為」と苦言

「俺たち地震の被害を受けてない者は出来るだけ普段通りの生活をしながら、無理せず被災者支援を行うのが災害時の対応だろう」と持論を展開した。

熊本の地震への支援は粛々とすべきだが、バラエティ番組の放送延期は全く関係無い馬鹿げた行為。人のスケジュールを押さえといて勝手に何も言わずキャンセルするとはね。アホな放送局だ。

▼自粛ムードに理解を示す尾木ママに対しては「おかしな考え方」と痛烈批判

堀江貴文氏(43)と教育評論家の“尾木ママ”こと尾木直樹氏(69)との間で熊本地震後の自粛ムードを巡る“論争”が勃発した。

尾木ママはブログで、自粛ムードについて「あまりにも当然!」「人として豊かな心遣いではないでしょうか」と持論を展開。

こうした尾木さんの投稿に対し、堀江さんは18日のツイッターで、「やっぱりこの人おかしな考え方だな」と一言。「こんな人が教育評論家やってるからダメな教育になる」と痛烈に批判した。

▼涙で抗議した渡辺えりに対しては「アホが多いので仕方ない」とバッサリ

22日のフジテレビ系「バイキング」で渡辺えりが「被災した人たちは本当に大変なんですよ。堀江さんも実際に行ってみてほしい。そんなこと言えない」と泣きじゃくりながら抗議した

▼さらに別件で、東国原英夫氏とのバトルも泥仕合の様相を呈している

 

元宮崎県知事で前衆院議員の東国原英夫氏(58)とホリエモンこと実業家の堀江貴文氏(43)との“ケンカ”が激化している。

▼とはいえ被災者支援に関しては、やはり彼なりの考え方があるようです

堀江氏は東日本大震災の際、自身も積極的に動くなど被災者支援に奔走している。

堀江氏は「オスプレイもっと配備すべき」と、米軍の支援活動に賛意をみせている。

熊本地震の被災地への義援金として、熊本県に500万円を寄付したタレント・紗栄子に批判がある事に「何で批判されるのか分からんわ」と疑問を呈した。

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なぜ若者はホリエモンに”勘違い”を抱くのか

堀江貴文さんが作った「755」というトークアプリで堀江貴文さんとトークした。今日は、その対談(岩崎夏海vsホリエモン座談会)で思ったことについて書いてみたい。

この対談で思ったことは、「やっぱり多くの日本人(特に若者)が、問題の本質を認識していないのではないか?」という疑いだった。この疑いは、かねてから抱いていたが、それが強化された形だ。

堀江さんには若者のファンが多いが、ぼくははっきりいって彼らのほとんどが堀江さんを誤解していると思う。どう誤解しているかというと、「堀江さんが新しい道を切り開いて実力主義の社会を作ることで、今、老害世代に虐げられている自分たちにもチャンスが巡ってくるのではないか」というふうにだ。

競争力のない者にチャンスは巡って来ない

当記事はプレタポルテ(運営:夜間飛行)の提供記事です

はっきり言って、そういう事態は起こらない。堀江さんが志向し、切り開こうとしているのは、バングラデシュやパキスタン、インドネシアやベトナムなどの第3世界から、能力があってガッツもある若いエンジニアやアントレプレナーがたくさん現れ、世界の経済地図を書き換えるような世の中である。そういう地域格差が是正され、世界中のあらゆる場所から有為な才能が花開く未来だ。

そして、そういう第3世界にチャンスの芽が増えれば、相対的にこれまで既得権益を受けていた日本のチャンスの芽は減っていくのである。

堀江さんには、世界中の人々と張り合っても負けないくらいの能力とガッツがあるから、むしろそういう未来にわくわくし、楽しみに思ってそれを志向している。彼は革新派だ。自分に不利になることでも、風通しがよくフェアな世界を望んでいる。なるべく純粋な競争社会を志向している。

それは、ひとつには堀江さんに競争力があるからでもある。競争が好きというのもあるだろう。だから、競争社会はどんとこいなのだが、しかし日本の多くの若者は、競争力もないし競争が好きではない。

これは、堀江さんにいわせれば「誰でも普通に努力すれば競争力など簡単に身につく」ということになり、ぼくもそう思うのだが、しかし日本の多くの若者は、その普通のことができない。なにしろ競争が嫌いなのだから、競争力を身につけようとすることさえ大きな抵抗を感じてしまうのだ。

そういう競争力のない若者が、不思議と堀江さんの言動を見て「自分たちのような日本の老害に苦しんでいる若者に有利な世界が来るのではないか」と勘違いしている。

しかし、老害に苦しめられるような競争力のない若者が、世界中がライバルとなる本当の競争社会に放り込まれたとき、そこで勝てる見込みは万にひとつもない。フェアな競争社会になればなるほど、どうしたってガッツのある第3世界の若者のほうが有利だからだ。

その意味では、堀江さんに反発する「老害」のほうが、まだ堀江さんの本質をわかっていると言えるだろう。今の既得権益を失うと困るから、競争社会を切り開かれては困るというわけである。

今の若者も「老害」と同じカテゴリーにいる

ではなぜ、若者は堀江さんを見て勘違いするのか? その理由はほとんどひとつだろう。彼らは、自分たちが「既得権益を受けている側」ということが理解できていないのである。自分たちが、自身がもっとも嫌う老害と一緒のカテゴリーに所属している人種だと想像できないのだ。

たとえば、堀江さんに定期的にアクセスできる若者は、スマホを所持してインターネットにストレスなくアクセスできる環境にあるだろう。それがそもそも既得権益であり、チャンスの芽だということを理解できない。

インターネットには、本当に信じられないくらいの量の情報が転がっている。インターネットの最大の利点といえば、その膨大な情報にストレスなくアクセスできることだ。そして、その情報を生かして何かを調べたり、学んだりできることである。勉強の道具、教科書になるのである。

たとえば、今ぼくはカメラや撮影の勉強をしているが、20年前は専門の学校か企業に入らないとアクセスできなかった知識や技術というものを、ほとんどタダで、ほとんど移動せず、ものすごい勢いで吸収している。そうして、今ではおカネを稼げるレベルにまで到達する道筋も見えてきた。プロとしての勘所がつかめてきたのだ。

その習得に費やした期間は1年にも満たない。それも、ほかに仕事をしながら、空き時間に勉強しただけでそこまで来た。それもこれも、インターネットの信じられないくらいの情報量のなせる技だ。チャンスというのは、多くの日本人が持っているスマホの中に、無限といってもいいほど大きく広がっているのだ。

ただ、インターネットの使い方を、多くの若者は知らないということがあるだろう。彼らはただ、自分たちを慰めるようなコミュニケーションに使うことに終始し、ちっとも勉強の道具にしていない。

ぼくは、インターネットをどう勉強に役立てるか、その方法を知っている。しかし多くの若者は、インターネットにアクセスできる環境にあるにもかかわらず、そこから情報を引き出したり、勉強をしたりする方法を知らないのである。

その意味で、これからの人類にとって最も重要となるのは「勉強をする能力」となるのではないだろうか。これをどう身につけるか、あるいはどう磨いていくかというのが、人生の大きな分かれ道になる。

ドナルド・トランプが無一文になったら…

ドナルド・トランプ氏と言えば、アメリカの不動産王として有名ですね。

資産額41億ドルの大富豪としても知られている実業家でもあり、作家やテレビの司会者としても知られています。

ドナルド・トランプ氏はペンシルバニア大学ウォートン校ファイナンス学科卒業後、父の会社で不動産管理と投資の実務を経験しました。

その後、不動産ブームに乗りオフィスビル開発、カジノ、ホテルの運営などで巨万の富を築きます。

トランプタワー、トランプタージマハル、トランプマリーナなど建物に自らの名をつけることでも有名で、幾度かの破産を経験しつつも毎回復活する立志伝中の実業家です。

彼が保有する不動産は時価数千億円とも言われています。

そのドナルド・トランプ氏がアメリカのトークショーでのゲストで呼ばれた時のお話です。

「もし今あなたが無一文になったとしてもまた資産を築く自信はありますか?」

と聞かれた時に、ドナルド・トランプ氏は、

「無一文から手っ取り早く資産を築くのであれば、私は急成長している優良ネットワークビジネスを見つけだして、そこのディストリビューターを始めます。」

と答えたのです。

その時、会場に来ていた観客からどよめきが起こり、大ブーイングが起こったそうです。

観客は億万長者であるトランプ氏から巨万の富を築く秘策を聞けると期待していたのです。

ところが不動産王の口から出た言葉が、ネットワークビジネス。

驚きと失望の大ブーイングだったのです。

その時、ドナルド・トランプ氏は、

「今ブーイングをした皆さん、だから皆さんはそちら側に座って私のトークを聞き、私はこの様にゲストとして呼ばれているのです」

と答え、会場は静まり返ったということです。

成功者の思考 

ここに成功者とその他大勢の思考の違いが見て取れます。

確かにドナルド・トランプ氏は、主に不動産で現在の巨万の富を築いてきました。

しかし、さすがにここまでの地位を築いてきた実業家です。

ネットワークビジネスのビジネスモデルの優位性をズバリ見抜いているのです。

ドナルド・トランプ氏がゼロからスタートする時に、再び本業の不動産で資産を築くのではなくネットワークビジネスに挑戦するという言葉は注目に値します。

不動産でも、もちろん権利収入を得る仕組みを作ることはできます。

しかし、不動産投資は最初にまとまった資本が必要ですし、リスクもそれなりに大きい。

リスクとリターンを冷静に判断すれば、まだ資産がない会社員や自営業者、主婦といった一般人が起業して、権利収入を得る仕組みを作るのならネットワークビジネスが最も費用対効果が高いのです。

最初から資産を持っている大富豪や小金持ちなら不動産投資から始めてもいいでしょう。

しかし、そんな恵まれた環境にいる人が現在の日本にどれほどいるでしょうか。

ほとんどの人が、

「起業したいけど資本がない」

という悩みを抱えているのです。

小資本、低リスクで起業できて、巨万の富が築ける可能性のあるネットワークビジネスは、ドナルド・トランプ氏のみならず、ロバート・キヨサキ氏、ロバート・アレン氏、そして船井幸雄氏等、錚々たる著名人が推奨するビジネスモデルです。

ドナルド・トランプの格言 

ドナルド・トランプ氏の名言集には、

「いったん負けることによって、勝つための新たな戦術が見えてくることがある。」

「経験と実績がない場合、エネルギーと情熱を売り込むべき。」

「成功は小さな損失を避けることによって得られるものではない。大きな成功を追い求めることによって得ることが出来るのである。」

「理想的な仕事とは、仕事と休みの区別がつかないようなものである。」

「心配するのは時間の無駄だ。心配は問題を解決しようとする私の邪魔になる。」

等々、ネットワークビジネスに限らず起業を志す人にとっては、とても参考になる言葉が多々あります。

不動産投資にしろ、ネットワークビジネスを含むビジネスにしろ、成功するための基本は同じと言うことですね。

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【ハプニング】スティーブ・ジョブズのプレゼン 隠れた名シーン集【悪ふざけ】

シーン0:Jobsのプレゼンスタイル

ジョブズのプレゼンテーションは簡潔で分かりやすく、かつ聴衆をうならせる演出で有名です。特に初代「iPhone」のプレゼン冒頭部分はその全てを体現しています。

ひとこと目からジョブズワールド。2分50秒からの伏線回収シーンは美しすぎる。

シーン1:実はiPhoneの発表中にハプニングも…

Clicker is not working…

クリッカー(スライドを進めるボタン)が効かないな…

トラブル発生?

iPhoneの発表を始めて1時間15分。締めくくりのシーンでスライドが止まってしまった!!

そしてジョブズは突然…

高校のときの話なんだけど…

“When I was in high school,”
昔話を始めた!

英語。だけど1分25秒のポーズは必見!!
以下意訳。

高校のとき、ウォズと一緒に「テレビ妨害装置」っていうのを作ったんだ。小さな発振器からテレビを狂わせる電波を出すんだ。それをウォズがポケットに忍ばせて、友人の部屋に遊びに行く。友人と映画を見ているときにそいつをオンにするとテレビが見えなくなる。すると友人が立ち上がってそいつを直そうとするんだ。そしたら発振器をオフにする。すると友人が戻ってくる。そしたらまたオンにする。そしたら…とくりかえすうちに友人はこんな恰好になってくんだよ。

会場は大笑い。そして話が終わったらさっさと元の話に復帰。
ハプニングの交わし方が鮮やかすぎる!これこそがプレゼンの天才なのだ…

シーン2:イタ電

同じくiPhoneの発表で地図アプリをアピールするジョブズ。
いやいくらなんでもやりすぎじゃ..

スターバックスに電話を掛ける

「地図アプリで調べたお店に直接電話を掛けることもできるんだぜ!」

(店員)「もしもし、スターバックスです。」
(Jobs)「ラテ4000杯をお持ち帰りで! なんてね。番号を間違えたよ。じゃあね。」

Good morning, Starbucks, how can I help you?

Yes, I’d like to order 4,000 lattes to go, please. No, just kidding, wrong number. Thank you. Bye-bye. OK.

シーン3:宇宙人ジョブズ

新iMacの発表にて。初めてカメラを搭載したiMacとそのアプリを発表するジョブズのおちゃめなシーン。
もう遊んでるようにしか見えないんですが…

最初は真面目(?)に機能を紹介するジョブズ。1分過ぎからおまけ機能の紹介を始めるとどんどん調子にのっていき…

シーン4:ステマ

え、違う会社ですよね??

Jobsの副業

出典digipedia.ro

あまり知られてないがJobsはApple以外にも会社を起こしたことがある。それがあのアニメーション会社PIXAR。ジョブズのプレゼンで映画が出てくるときは大半がPIXAR映画なのだ。ジョブズが社長ということ以外にはほとんど両社に接点は無い。

隙あらばステマ。

シーン5:Windowsを皮肉る

199ドルから399ドルまで。
安いものは画面のデザインまで安っぽく作られている。
Basic、Premium、Business、Enterprise、Ultimateの5つがある。

Mac OS Xは129ドルで全部の機能が入ってるやつが買える。そしてこの1種類しか無い。

新しいOSの価格発表。名前こそ出さないもののあからさまな批判。

ただの価格発表でここまで盛り上げるのがジョブズ。

ジョブズのプレゼンの魅力

ジョブズのプレゼンはとても分かりやすい。専門用語(ジャーゴン)が少ないだけでなく、シンプルな英単語ばかり使っているのだ。

スティーブ・ジョブズの言葉はキレる。

出典スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼンテーション 人々を惹きつける18の法則

一方で、日本語に翻訳してしまうと、なんだかごちゃごちゃに。英語でキレる言葉が、そのまま日本語でもキレるとは限らないのだ。だからこそぜひ、ジョブズのプレゼンを英語で味わってみてほしい。

有名な本。ジョブズの発言を引用した部分には英語が併記されています。

ジョブズの言葉はシンプルなので英語学習にもってこいなんです。
感覚的に簡単というだけでなく、言語学的に分析してそう結論づけられているそう。
時制、類語、長文が弱いといった人はおすすめです。

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「朝だけ仕事、とかもいいんじゃない?」―ホリエモンが複数の会社で働く未来を予想

ホリエモンこと堀江貴文が、自身のメルマガに寄せられた質問に答えるYouTube番組「ホリエモンチャンネル」。ここでホリエモンは、これからは仕事をする場を1つの会社に限定する必要はない、と話しています。
 今までは週5日間、決まった会社で決まった時間まで働くのが普通でした。しかし、最近ではそれを多様化させるサービスが次々に現れています。ホリエモンが予想するのは、関わる仕事の数まで自由にコントロールできる未来です。

仕事の数だってコントロールできる!?

 「堀江貴文のQ&A vol.376~仕事を掛け持つ!?~」で取り上げた質問は、「転職サービス『Find Job!』は、初期は利用料が無料でした。既存の転職エージェントはとても高額ですが、今後、無料の求人サイトは成り立つのでしょうか?」というもの。
 この質問にホリエモンは、「無料でできると思います。目立つところに掲載するときや、プッシュメールを打つときは有料にすればいいでしょう。フリーミアムモデルという形ですね」と回答。転職サービスに限らず、基本機能は無料で使えて、ワンランク上のサービスを使う時のみ課金するサービスは多くありますよね。
 また、ホリエモンは最近の求人サービスとして休日だけベンチャー事業に参加できるリクルートの「サンカク」を紹介。1つの会社に縛られる働き方は今後ますます減るので、求人サービスもそれに合わせた柔軟性を持つべきだと指摘しています。
 オフィス外での働き方など、時間や場所を選ばない仕事が増えています。それだけでなく、関われる案件やプロジェクトの数まで自分でコントロールできるようになってきたんですね。これまでは仕事に合わせてライフスタイルを決定するのが当たり前でしたが、これからは希望のライフスタイルに合わせて仕事を選べる時代が来るかもしれませんね。
 「堀江貴文のQ&A vol.376~仕事を掛け持つ!?~」では、ホリエモンが株式会社WILDMAGIC代表取締役の土橋仁さんと一緒に、これから自由になっていくであろう働き方について話しています。都会でアウトドアな暮らしができるWILDMAGICのサービスも、自分だけのライフスタイルを考えるヒントになるかもしれません。これからの仕事像を分かりやすい言葉で予想してくれるホリエモンチャンネル。仕事で疲れた時にぜひ見てみてください!

ホリエモンこと堀江貴文の勉強法が独特と評判!その内容とは?

堀江貴文の受験勉強論とは?

‘13年仮釈放直後 堀江貴文

堀江貴文
ほりえ たかふみ

1972年福岡県八女市生まれ。東京大学中退。実業家、ライブドア元代表取締役CEO、SNS株式会社ファウンダー。

出典:堀江貴文

ふくよかだった頃 堀江貴文

東大受験のコツとは?

東大受験は英語がキーポイントなんです。まあ、東大に限った話じゃないけど。で、英語の勉強法なんですが、ずばり単語の暗記です。単語さえ読めれば文脈を想像できますからね。文法なんてクソ食らえです。

出典:堀江貴文『教えてやる東大は簡単だ!(by ドラゴン 桜)』

「ゼロ」出版時 堀江貴文

堀江さんが単語の丸暗記を始めたのが高3の夏休みに入る頃。

「1日24時間のうち10時間を睡眠・食事・風呂などに当てて、残りは単語ずっと暗記です。14時間も使えます。14時間で2ページ。単語数は派生語入れても50行かないくらいです。」

出典:堀江貴文氏の東大受験に学ぶ、TOEICにおいて本当に大切なこと。

受験勉強セミナーの講師も務めた 堀江貴文

出典:www.zakzak.co.jp

受験勉強セミナーの講師も務めた 堀江貴文

堀江貴文 思想の原点とは?

『嫌われる勇気』を読んだら、僕の考えていたことは、僕が生まれるずっと前にアドラーが体系化していたことがわかった

出典:「バカ」だからこそ、「今」に全力を尽くせる

『嫌われる勇気』のアドラー思想に共鳴 堀江貴文

「他者の課題を切り捨てよ」という発想は本当にそのとおりだなと思いました。たとえ相手が自分のことを嫌っていたとしても、それは他者の課題であって、自分とは関係ないことであるという考え方ですね

出典:「バカ」だからこそ、「今」に全力を尽くせる 

しくじった!堀江貴文

検察へ出頭時 モヒカンの堀江貴文

。“しくじり先生”としてホリエモンこと堀江貴文氏が教壇に上がり、“新たな挑戦に燃える人たちが自分のように逮捕されないための授業”と称した講義を展開

出典:堀江貴文氏、自身のしくじりを激白「調子に乗っているときが危ない」

しくじり先生登場!堀江貴文

ちょっと待って ちょと待て お兄さん♪

やはりライブドアの元社長である堀江貴文さんは面白い人でしたね
・逮捕されてか、年をとってか、まるくなりましたね
・彼の行動力と決断力は本当に見習うべき点が多々あると思います
・さすがに、転んでもただでは起きない
・人間信用が大事!なんて言ってました。随分大人になりました

出典:ホリエモン登場!しくじり先生大反響 | blogram通信

出典:lucky358.com

TVで講義?!堀江貴文

失敗も勉強ということか

一方、こういう声も・・

5: 名無しさん@恐縮です@\(^o^)/ 2015/03/16(月) 09:53:48.42 ID:BAgKOW0R0.net
ゼンカモン 恥を知ら無い オロカモン

9: 名無しさん@恐縮です@\(^o^)/ 2015/03/16(月) 09:55:05.60 ID:4XeMhwXO0.net
いきなり臭い番組に落ちたか

出典:GOSSIP速報

現在の堀江貴文

丸くなった 堀江貴文

田原 メールマガジンは有料の会員が何人ぐらい?

堀江 まあ今数千人です。まだ一万人いかないぐらいですけど、まあでも数千人は集まりましたね。

田原 で、月いくらですか。

堀江 月840円のメルマガで。

田原 すごいじゃない!

出典:堀江貴文インタビュー vol.1 「ホリエモンにネットでお金を儲ける方法を聞く」

スリムになった 堀江貴文

堀江さんの現在関わっているプロジェクトは、ロケット開発から飲食店のコンサルにECショップ運営、アプリ開発。さらには音楽ユニット「ハッカーズ」としても活動中!

出典:堀江貴文は、今なにをしているのか? |…

ビジネスは実践!堀江貴文

「人生って有限なので、よくわからん勉強に費やすよりは始めちゃったほうがいいんですよ」。

出典:堀江貴文「日本人は何かを始めるとき勉強から入りがちだが時間の無駄。ビジネスで成功した…

講師として多忙 堀江貴文

まとめ

CAMUIロケットの打上げ実験に立ち会う 堀江貴文

受験勉強は短期集中とテクニック、ビジネスは下手な勉強より実践と説く堀江貴文。
アグレッシブな発言は今後も注目ですね♪

ホリエモン、クックパッド佐野氏を猛批判「ぶっちゃけ最悪の経営者、どこまでいってもセコイ奴」

日本のITサービスを引っ張ってきた存在であり、今やネットを使っていて知らない人はほぼいないだろう巨大レシピサイトへと成長したクックパッド。そんなクックパッドが今揺れに揺れている。ここ数年業績を牽引した穐田社長の退任が発表されて以降、社内が大混乱に陥っているという記事に対し、ホリエモンがNewsPicks及びTwitter、そして4/4発行のメルマガで以下のようにコメントした。

“そもそもあきたさんは期間限定で営業利益を100億にしたら辞める予定だったので、せいぜいあと1,2年の在任期間だったに違いない。佐野氏はそれ位我慢できなかったのかね?結局自分に予算を我田引水し東証一部上場企業を私物化するセコビッチにすぎないことがよくわかる。ぶっちゃけ最悪の経営者やろ。私物化したいなら身銭切ってMBOせいや。大体アメリカにいて日本に帰らんのも節税のためやろ。どこまでいってもセコイ奴や”

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“この件に関しては何度も言及しているが、佐野氏は上場企業の大株主としては非常に不適切な行動をとっている。そもそもキャピタルフライト防止税制のせいでアメリカに移住した佐野氏は、日本に戻ってきて再度渡米すると膨大な税金を現金でその時に払う必要があるため、日本に戻らず米国から経営をするという。日本にほとんどの基盤事業があるクックパッドで、そんなことが可能なのだろうか。自分のエゴだけで上場企業を私物化することは許されない。”

ーー2016/04/04発行 堀江貴文のブログでは言えない話 Vol.324 よりーー

bann16 のコピー

これ以上ないほどの辛辣な言葉が並ぶが、こうした発言に至る背景にはなにがあるのか、今回の内紛騒動をホリエモンの過去の発言をもとに見ていく。

内紛騒動は「創業者の自爆テロ」

1月19日クックパッドが、創業者で筆頭株主の佐野陽光氏から取締役刷新を求める株主提案を受け取ったことを明らかにする以前から、ホリエモンは、前社長穐田誉輝氏及び前経営陣の経営手腕、スピード感を支持してきた。
ホリエモン クックパッド内紛騒動で現経営陣を支持「穐田さんがいないとダメ」

一方内紛騒動の発覚後、創業者である佐野氏の行動は不適切であり、決して許されないと主張している。

 

一方内紛騒動の発覚後、創業者である佐野氏の行動は不適切であり、決して許されないと主張している。

ホリエモンのツイート

創業者の自爆テロ。少数株主カワイソス。まあ佐野さんの個性までリスク情報にはかかれないだろうしなあ。確かに優秀な社員の草刈り場になるだろうなあ。そもそもあきたさんに社長やってもらいたい会社はそれこそ…
クックパッド内紛。今後… http://horiemon.com/news/2016/01/24/43127/ 

あきたさんのスピード感素晴らしい
RT @kensuu: 攻めてる!すばらしい。 / クックパッドが中東進出 現地のレシピ会社を買収http://npx.me/YHwY/iyOG  

 

クックパッドは経営陣変わってから本当に凄い
クックパッドの新しいロゴに込めた思い – クックパッド開発者ブログ –  http://horiemon.com/news/2014/09/06/15455/ 

筆頭株主としての権限を利用し、前経営陣の退任及び自身が推薦する新経営陣就任を強引に進めたため、佐野氏による会社の私物化と捉えられてしかるべき事態を招いている。その結果、ユーザーはもちろん取引先、株式市場に不安を抱かせ、クックパッドは株価の下落に見舞われている。

これは東証一部上場企業の大株主としては不適切であるとホリエモンは指摘。「私物化したいなら身銭切ってMBOせいや」とのコメントにもあるように、非公開会社化の手続きをとり、株主に不利益を被らせないようにすべきだとしている。

現在クックパッド社内は混乱の真っ只中にいると見られており、穐田氏の代表執行役復帰を求める署名活動に、クックパッドの国内の正社員約240人のうちすでに7割強が賛同するなど、佐野氏による新体制移行後も社内の混乱はすぐに収まりそうにない。

(参照:スクープ!クックパッド、社内大混乱の真相 実質「更迭」された前社長を社員の7割が支持/東洋経済ONLINE

クックパッドはそれほど社員数は多くないながら、エンジニアをはじめ優秀な社員が多いことは業界内でも有名。ホリエモンの指摘するように、今回の騒動で他社からしてみれば喉から手が出るほど欲しい人材の宝庫が草刈り場になる可能性も十分ありうる。

ユーザーや株主といった人たちへの不利益をかえりみない佐野氏による内紛騒動はどのような落ち着きを見せるのか。今後のクックパッドの行く末はどうなるのか、注目が集まる。

今回の内紛騒動及び、ホリエモンとクックパッド前社長穐田氏の過去の対談記事は以下。

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「広告マンの8割はいらない!」

広告ビジネスの競争環境は厳しさを増している。広告会社が生き延びるためには「グローバル化とデジタル化」の波に乗るしかない。日本の広告業界が対応するために残れた時間も少ない。そういう見解をよく耳にする。海外プレーヤーたちの対応が進んでいるのは確かで、日本の大手も手をこまねいているわけではない。

ただ、メディアビジネスの世界で、日本の広告会社が果たしてきた役割はかなりユニークだ。こちらは世界基準にはあまり馴染まないように思える。世界の潮流に伍して挑もうとする意欲と、日本ローカルでの固有の強みの維持は、うまくバランスが取れるだろうか。今回は、そんな視点で書いてみたい。

マーティン・ソレルのインタビューが興味深い

 

欧米広告業界では有名な経営者に、マーティン・ソレルという人がいる。 1945年生まれだから、まもなく70歳になる。すでに数十年間にわたり、WPPグループのCEOをつとめてきた。イギリスの広告会社「サーチ&サーチ」社の財務担当からスタートし、広告業界に「大規模なグローバル経営手法」を持ち込んだ人だ(WPPは世界最大規模の広告会社コングロマリットだが、最近でも、競合他社間での合併の動きが、いろいろ起こりつつある)。

 

WPPのCEOのマーティン・ソレル氏。 (Linked Inのインタビュー映像をキャプチャーしたものです)

WPPのCEOのマーティン・ソレル氏。
(Linked Inのインタビュー映像をキャプチャーしたものです)

 

つまり、それまでは広告の制作やマーケティングに長けた個人才能を中心に経営されていた広告会社を、M&A手法を駆使しながら資本統合し、グローバルネットワーク化してきた。

かつて電通は「世界で一番大きな広告会社」であった時期が長かったが、この人の登場とともに業界に持ち込まれた経営手法が、世界の広告会社のランキング表を変えてしまった。各社の経営規模が一斉に大きくなった。 ソレルは、広告主の先手を打つように、広告会社のグローバル布陣を指揮してきたし、逆に考えれば、広告会社のグローバルネットワーク化が急展開した一番の(根本の)理由は、同じ時期に、クライアントがマーケティング布陣をグローバルに、かつデジタルシフトさせながら拡大してきたからだとも言える。

ソレルは、メディアにもよく登場している。最近もLinkedInのインタビューに応じていて、たまたま、slideshare経由で配信された動画を見た。その感想を交えて書き留めておこう(文末にリンクを掲示)。

 

世界最大規模の広告会社がデジタルに大きく舵を切る

 

WPPグループの売上は、18ビリオンUSドル(1兆8千億円)。そのうちの、6ビリオンドルは「トップクライアント・リスト」の41社からもたらされるそうだ。ちなみにWPPグループの従業員数は17万人で、そのうち3万5千人は、これらのトップクライアントの仕事に専任であたっている。

ここまではいわば、お金が流れてくる川上を向いた話だ。 では、受け取ったお金はどうなるか。今は、四分の三が「デジタルメディアの取引や、デジタルデータの活用や分析」などを行う部門の売上に繋がるそうだ。広告作品制作や、マーケティングの知見、といった属人的な職能をベースに機能していた広告会社だが(それらが不要になったわけではないが)、大量のデジタルデータを扱いながら、広告の買い付けや配信業務を行い、また得られる効果データを分析するというオンライン主体の仕組みに大きく舵を切っている。 そうした部門の強化のために、積極的な投資を行い、データを扱う組織を拡大させている。ここでは「広告会社の経営内実は、投資銀行のようだ」と言われるほど、大きな資金が動くようになってきた。

 

 

広告会社の人員の変化『2012年から2013年への変化』 デジタル領域での伸びが顕著( Ad Age誌 「2014年レポート」より)

広告会社の人員の変化『2012年から2013年への変化』
デジタル領域での伸びが顕著( Ad Age誌 「2014年レポート」より)

 

 

さてインタビューの中でソレルは、現代の広告作業には「Mathmen(数字とテクノロジーに強い才能)」の要素と「Madmen(アイデアに優れた広告マン=この言葉のタイトルがついたアメリカのテレビシリーズが60年代や70年代のクリエイティブ中心の広告マンの世界を描いてヒットしている)」のバランスをとることが大切だと言っている。 現状のWPPは、フォード、ユニリーバ、アメリカンエクスプレス、がトップ3のクライアントで、この3社を含む数十社のクライアント作業を「ホリゾンタル布陣(ホリゾンタリティ)」とソレルが呼ぶところの、世界に張り巡らせたネットワーク組織が支えている。

このグローバル布陣は、とくに限定された数十のクライアントに応じたものとも言える。ちなみに、電通の日本国内のクライアント数は、約6,000社と言われる。海外で電通グループが接するクライアント数はずっと少なくなるだろうが、実は、日本の広告会社が行うサービスの実態は、海外の広告会社の行うものとはだいぶ違っていると言えるだろう。 一方で、ソレルは、デジタル時代でも人が大事だ(人のマネジメントは難しい)、と主張する。「優秀で、協調的(ソレルの戦略を理解してそれに協力できる、という意味だろう)な人はなかなかいない」とか、「誤解を恐れずに言えば、協調的な人材は多いが、そうした人がエクセレント(優秀)であることはあまりない」というような面白い発言もしている。ただ基本は、仕事を人が支えている、という考え方だろう。

 

広告マンの8割はいらない?

 

そんなことを考えていた折に、「広告マンの8割はいらない!」という刺激的な帯文がついた本(『広告ビジネス・次の10年』横山隆治・榮枝洋文による共著/翔泳社)を見つけた。さっそく手にしたが、類書にはない海外プレーヤーに関する知見が面白かった。

広告ビジネスの主戦場がデータマーケティングに移ってきている。しかもデジタル環境では、広告主が一次的な顧客情報(ファーストパーティーデータ)を持ち、キャンペーンや広告活動への分析やフィードバックを主導する。こうした領域での対応が死活的に重要だ。だから「これから広告会社は何をするべきなのか」と問いかけるとき、営業中心の組織を維持し、デジタルに弱いとされがちな日本の広告会社への警鐘が導かれる。極端に言えば「現状の広告会社組織の人員の8割は不要かもしれない」ということらしい。 もっとも、筆者たちは「デジタル化、グローバル化という大変革の波を日本の広告代理店に乗り切ってもらいたい。そして次世代型の広告代理店として次の成長モデルを構築してほしい(本書の冒頭の文章より)」と書いている。この本の二人の筆者は、ソレルと同じ動きを見ているのだと思う。

 

日本の広告会社のユニークさ

 

はたと考え込む。

グローバ化とデジタル化を推進するクライアントに、パートナーとしての広告会社が同じ目線での対応を進めることは、もちろん自然な動きだ。 だが(筆者の個人的な経験も踏まえて書けば)、日本の広告会社は、違った側面も持ちながら発展してきた。つまり、果たしている調整機能は、海外よりも複雑で広範だ。そのことは、典型的にはメディア側に向いた仕事をする部分に現れてくる。欧米流のメディアレップの機能を、広告会社が補ってきた面がある。社会機能としての二面性を抱え込んでいるとも言える。

例えば、テレビスポットの商慣行では(広告会社はメディア側を代行する立場にいることになるので)、特定メディアの取り扱いを増やせば、広告会社への報酬が増加する仕組みになっている。企画したり、制作したり、調整したり、といった部分での関与は大きい。こうした両義性には、批判も賛意も共に寄せられてくるわけだが、対応する組織には存在感がある。

筆者が思うに、こうした部分への視点がないままの「広告会社の近未来議論」は。少なくとも日本では説得的とは言えないのではないか。 日本の広告会社の経営思想は「グローバルスタンダードの競争に参加して、世界で戦ってみたい」というスピリットと、「日本ローカルのビジネス基盤を手放したくない」という思いの間で、引き裂かれがちなのだ。有名な岸田秀の理論を持ち出せば、「外的自己」と「内的自己」の分裂ということになる。だからここでも、日本の社会全体が抱えている大きな課題に、広告の世界も対応を迫られている。

解決は、そうすんなりとはやってこないかもしれない。

 

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アジア発★ アジア、これからの40年は?

アジアの有力広告誌『キャンペーン誌アジア太平洋版』は10月、創刊40周年に当たり、識者が展望する広告業界“次の40年”を紹介した。

WPPグループCEO マーティン・ソレル氏
オープンでイノベーティブな姿勢が世界経済をけん引

40年前、アジアは議論にも上らなかった。今では最重点市場であり、世界の成長をけん引するのは確実だ。
欧米企業が最も重視するのは中国。「貯蓄から消費へ」とシフトし、広告を含むサービス産業の重要性はこれまで以上に増してくる。質的成長を目指す中、今後は成熟度が高まるだろう。
デジタルの発展も重要だ。最先端デバイスの急速な普及はアジアに驚異的なビジネス機会を生む。パソコンの時代を飛び越えてモバイル時代に突入したため、テクノロジーの変化やチャンスへの理解は欧米よりはるかに深い。
アジアが突出するのは成長性。成長がもたらす意識やアプローチの違いは決定的だ。人々は総じて楽観的で、新しいアイデアにオープンかつイノベーティブ。それこそが世界経済発展の原動力になる。

詳細はCampaign Asia-Pacific→http://bit.ly/1c0FKlZ
The next 40 years: Martin Sorrell remains ‘a violent Chinese bull’

ディアジオ・リザーブ・ブランズ・グループ
マネージングディレクター ジェームズ・トンプソン氏
「新シルクロード」の誕生と技術革新でリターンが増幅

近年、中国が世界第2位の経済大国へと躍進し、インドもこれに劣らぬ勢いで急成長している。両国は経済大国として世界をリードし、物流や情報のグローバルなネットワーク化が進行、今後40年でアジア太平洋地域だけでなく中東やアフリカ、南米にまで広がる「新シルクロード」が誕生するだろう。
新興勢力の台頭は、そこに住む消費者の選択肢を拡充し高級志向を高める。高級ブランドにとっては好機。上昇志向が強い新世代のニーズに対応したプレミアム戦略が有効だ。
デジタル技術の進化により、消費者の好みや購買行動だけでなく活動の全てが把握可能になった。さらなる技術の進展でかつてないチャンスが訪れる。
新シルクロードの出現と技術革新により、世界は激変する。ビジネスは複雑化するが、その見返りは何百倍にも増すはずだ。

詳細はCampaign Asia-Pacific→http://bit.ly/17j9DRh
The next 40 years: The emergence of a new Silk Road

PHDワールドワイド
世界戦略・プランニングディレクター  マーク・ホールデン氏
クラウド上のニューロンにアクセス、広告を脳に送信も

技術の進化は多くの消費者分析を可能にした。
40年後はより直接的な感情からの情報分析「SI(sentient intelligence)」が行われるようになるだろう。実際、コンピューターが人間の心を読み取れるようになってきた。神経回路網を活性化させて思考を引き起こす情報インプットの研究も成功している。
新たなニューロン(神経細胞)を“借り受ける”という驚くべき技術が実現する可能性も高い。ニューロンを計測しクラウド上で蓄積できるようになれば、何十億、何兆個のニューロンに“2053年版Wi-Fi”でアクセスできる世界が来る。広告を脳に直接送れるようにもなるだろう。企業はナノテクノロジーを駆使して競い合うことになる。
可能性は無限大。SF的な夢の世界が実現し、私たちは11次元宇宙に漂う“集合意識体”となっているかもしれない。

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世界最大の広告企業WPP、マーチン・ソレルCEOのデジタル・ビジョン

世界最大の広告複合企業、WPP。そのCEOを務めるサー・マーチン・ソレル(TOP画像)は1996年のハーバード・ビジネス・レビューの記事で、当時ニューメディアと呼ばれていたデジタルメディアについて、以下のように述べています。

「Webを含むインタラクティブなメディアは、ブランディングやコミュニケーションのあり方を根本的に変えてしまう可能性が大いにある」。

ソレルはこの時点で、クリエイティブな広告の世界が、科学的でデータ・ドリブンなものになると確信していたと言います。

その後、2001年に、当時はまだ数少ないデジタル専業エージェンシーのVMLを買収します。2005年には初めて広告視聴データと調査データを結びつけたダイナミックロジック(Dynamic Logic)を、2007年にはアドテク企業の24/7リアルメディア(24/7 Real Media)を買収し、同年にデジタルエージェンシーのホールディングカンパニーとなるWPPデジタル(WPP Digital)を設置します。

その後、わずか3年でデジタル専任の社員を1万7400人(全社員の12%)まで増員し、2011年にはトレーディングデスクのザクシス(Xaxis)を11カ国に展開。さらに2012年には、後にFacebookやTwitter、Amazonなどとのデータパートナーシップを実現するザ・データアライアンス(The Data Alliance)を設立します。

先進的なソレルのビジョンに導かれ、WPPのデジタル化は急ピッチで進められます。収益のデジタル比率がグループの目標に設定され、現在は全体の4割、額にして69億ドル(約8188億円)までに成長しました。これは2位のピュブリシス(Publicis)と3位のオムニコム(Omnicom)のデジタル収益を合計した額を超えており、ほかの広告代理店グループを大きく引き離す結果となっています。

P.O.G.

2013年6月28日、ピュブリシスとオムニコムの合併が発表されます。実現すればWPPの収益を5億ドル(約593億円)も上回る、世界最大の広告代理店グループ、ピュブリシスオムニコムグループ(P.O.G.)が誕生します。

発表後、しばらくエージェンシー側も、クライアント側も混乱が続きました。1業種1社制が基本の欧米で、2位と3位の合併は、さまざまな利害の対立を招くのです。ソレルはこの合併がクライアントや株主にとって無益なものであると非難し、各グループ企業のトップへ以下のような指示を出したと言われています。

「お互いのデータをマージできないピュブリシスとオムニコムは脅威にはならない。ホールディングカンパニー・オブ・ザ・イヤーだけは奪われないよう、各社カンヌの受賞に励め」。

ピュブリシスはこの時点でビバキ(Vivaki:2008年~)というトレーディングデスクを設置し、データドリブン・マーケティングの知見を貯めていました。比較的事業規模の大きいオムニコムもアナレクト(Annalect:2010年~)を設置しましたが、ほかの広告代理店グループに比べ、出遅れている状態でした。

合併の本当の目的は、両社が持つインフラやデータ資産を統合することにより、積極的なデジタル投資を行ってきたWPPに追いつくことだったとも言われています。しかし、翌年の2014年5月9日、混沌とした状況を不安視した広告主から数十億ドルのビジネスを失った両社の交渉は決裂し、合併は解消されます。

ホリゾンタリティー

2014年1月1日、電通メディア(Dentsu Media)、カラ(Carat)、アイプロスペクト(IProspect)、360iなどのデジタルエージェンシーを束ねた、電通イージス・ネットワークが発足します。彼らはイージスグループのデジタルの能力と、電通の強い組織力を武器に、瞬く間に世界的なプレゼンスを創り上げます。電通イージス・ネットワークはそれぞれの会社を部署として連携させ、互いの資源をフルに活用する、ひとつの組織として機能しているのです。

WPPを始め、欧米の広告代理店グループには電通のような統制力がありません。ソレルはグループ会社間の関係を「キス・アンド・パンチ(Kiss and Punch:時には協力し、時には競い合う)」と称し、あえて競争環境を創っています。競合の力が同様に分散していれば、大きな問題はありません。しかし、優れた組織力を持つ電通と競うためには、さまざまなエージェンシーを横断的に管理し、人的・資金的リソースを集中させる必要があります。現在でも、50社以上のエージェンシーが競い合いながら、マーケティングサービスを提供しています。

2007年、Appleの急激な成長に脅かされたDellが、45億ドル(約5340億円)のメディア費をかけたコンペを開催します。勝者には、1.5億ドル(約177億円)の収益となる大型の案件です。ソレルは各エージェンシーから最も優秀な人材を1000人以上を集め、Dell専用のビスポーク・エージェンシーを立ち上げます。Dellのアカウントを勝ち取ったソレルは同年、Ford専用のチームデトロイト(Team Detroit)、2012年にはコルゲート(Colgate)専用のレッドフューズ(Red Fuse)を発足させ、エージェンシー間の協力体制を築き始めます。

この頃からWPP内では、水平統合を意味する「ホリゾンタリティー」という言葉が盛んに使われるようになります。そして、ソレルは人的リソースの連携だけでなく、各社のデータ資産の連携を始めます。

グローバル規模でのデータ・広告投資管理

2013年、それまでコンシューマー・インサイトと呼ばれていた調査部門の名称が「データ・インベストメント・マネジメント」へ、その目的も「クライアントのデータ資産の価値向上」へと変更されます。カンター(Kantar)やワンダーマン(Wunderman)が持つ、オフラインの広告視聴、購買、調査、CRMなどのデータはザ・データアライアンスによって統合され、グループM(GroupM)率いるアド・インベストメント・マネジメント(広告投資管理)部門のメディアバイイングに活用され始めます。

ソレルはこの時点で、データの時代における新たな競合環境について、以下のように述べています。

「競合が誰かと尋ねられると、私たちにはまずオムニコムが思い浮かび、ピュブリシスが思い浮かび、IPG、ハバス(Havas)、電通、イプソス(Ipsos)、GfKやニールセンも思い浮かびます。しかし、今ではGoogle、Facebook、Amazon、アリババ(阿里巴巴)も思い浮かび、デロイトコンサルティング(Delloite Consulting)やアクセンチュア(Accenture)も思い浮かぶのです」。

北米ではワンダーマン傘下のKBMグループ(KBM Group)が、匿名性を担保したデータシェアリングを可能にする、「ジップライン(Zipline)」というDMPを展開しています。米国では「ジップライン」を通じて、すでにネット利用者の95%を購買データなどからターゲティングできるようになっています。調査会社フォレスター(Forrester)による2015年第4四半期のデータマネジメントプラットフォームに関する調査では、「ジップライン」がオラクルの「ブルーカイ(BlueKai)」や、Googleと肩を並べ、グローバルなデータマネジメントにもっとも適したDMPとして評価されています。

現在WPPは中国やインドなどの急成長市場に向けて、「ジップライン」の展開を進めています。圧倒的な優位性を生み出すデータ資産と、その正しい管理・活用方法を関連会社へ共有することで、エージェンシーの間に強い繋がりが生まれ始めています。

欧米ではマーチン・ソレルのようなビジョナリーと、激しい競争環境によって、データドリブン・マーケティングの分野が急成長をしています。最近ではオムニコムが、アナレクトの高い技術力を評価され、26億ドル(約3085億円)とも言われるP&Gの米国アカウントを勝ち取りました。いまやデータとテクノロジーが広告代理店の明暗を分け、新たな戦いの場を創り出しているのです。

 

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