Category Archives: 企業戦略

ライブドアやホリエモンについての話を聞くと、現在のスタートアップ・ベンチャーが小粒に思える。

LINE大躍進の陰には、ライブドアや堀江貴文氏の功績があるか。

LINEが上場申請 時価総額は1兆円か―という報道がなされたのは7月のこと。今月に入り上場時期の見直しを報道されたが、それでも注目度は依然として高い。時価総額世界一を目指した堀江貴文率いるライブドアが形を変えて、世の中に大きな旋風を巻き起こしている。報道からひと月後に、元社員によるライブドアを回想する本が出版されたのも偶然ではないだろう。

 

変化の激しいWEB業界において、ライブドアの名前を思い出すことはなくなっていたいま。LINE上場話と先述した書籍をきっかけに、改めてライブドアと堀江貴文氏について考えてみた。と言っても、堀江氏と面識があるわけでなければ、センセーショナルな事件について考察できるわけでもない。8月出版のライブドアについて語られた書籍『社長が逮捕されて上場廃止になっても会社はつぶれず、意志は継続するという話』著者である、小林佳徳氏に当時のお話を伺った。

小林氏は現在、ライブドアとは無関係の企業で働いているのだが、当時の仲間たちの多くがLINEで重要な役割を担っている(代表取締役である出澤氏、上級執行役員の田端氏、執行役員の池邉氏、落合氏、佐々木氏など多数)。LINE社の成長には、ライブドア社の功績(改めて功績だったのだと感じている)が関係しているのではないだろうか。ライブドアや堀江氏は何がすごかったのか。


※小林氏の書籍は、読者投稿型サイト『STORYS.jp』の記事が基となっています。
※『STORYS.jp』については、立ち上げメンバーへのインタビューを実施しています。

時価総額6000億円の会社でありながら、30万円の採用費を捻出させなかったホリエモン。

小林佳徳氏

― 小林さんの執筆された本を読みました。堀江さんも書評を書かれていますね(笑)。そんな書籍を基にしながら、LINE上場申請の話もありますし、改めてライブドアという会社や堀江さんについて話を聞いてみたいなと。

ライブドアに在籍したことが、実は2回あるんですね。最初は2003年5月から2006年3月、そして2006年7月から2008年12月まで。社長が逮捕されたのは2006年1月なので、事件から2ヵ月で最初の退職をしました。それから3ヵ月でスピード出戻りしたわけですが(笑)。二度目の入社に際しては、元上司の出澤さん(現LINE代表取締役)が、社内で一番大きな事業部の責任者となり、「一緒に会社を再建しないか?おまえのやりたいと言っていた人事など管理系の仕事を任せたい」と言ってくれたから。

声をかけてもらえたのは嬉しかったんですが、大見得を切って飛び出した手前、出戻りすることは非常に悩みましたよ。でも数日後にライブドアに残っていた仲間と食事をする機会があって、「ぶつくさ言ってないで、チャっと戻ってきて、チャってやればいいのよ」なんて激励に背中を押されました。

― 第一期ライブドア時代は、モバイルサイトのWEBディレクターでしたよね。同じ職種ではなく、人事を希望していた理由は?

事件前からライブドアという会社に対して、開発や営業という攻めには強いけど、管理部門の守りという部分が弱点だと感じていたんですね。事件が発生したのだって、そのウィークポイントを突かれてしまったからじゃないかと思うくらいに。再建してもう一度上場したいと思っていたので、まずはこの部分に着手するべきだと考えたんです。

ライブドア採用ページ

ライブドア求人広告

そもそもライブドアって、人事部の採用業務が機能していない会社でした。新卒採用というものはほとんどやっておらず、採用予算も驚くほど少なかった。当時、採用手法の代表といえば求人広告の出稿じゃないですか。各媒体に出稿するわけですから、お金がかかるんですよ。でも、「社員なんてお金をかけて採用するものじゃない」という風潮があって。その証拠に、事業部長が決済できる費用の上限が10万円。時価総額で6000億円あった会社がですよ。当時はエン・ジャパンの媒体も利用させていただいてましたけど、一番安いプランを異例の3分割という支払方法で(笑)。担当の営業さんにもがんばっていただきましたし、我ながら涙ぐましい努力をしていたな、と。

堀江さんのすごいところでもあるんですが、請求書のすべてに目を通してハンコを押していました。「この鉛筆10本で100円ってなんだ!」みたいな感じで。コスト意識が非常に高い人でしたね。社員数が増えてオフィスを増床しないと入りきらないという話になったときも、「床と天井の間に一枚板を入れたら、倍入るじゃないか」と口にするような人でしたから、他の企業のように「エン・ジャパンをつかって、どこどこを使って…300万円」なんてまかり通るはずもなく(笑)。

いま流行の採用手法を、事件前から取り入れていたライブドアの先進性。

小林佳徳氏

― 事件後は、それまで以上に採用で苦戦することになると思うのですが。

まず苦労したのは、お金を払っても媒体掲載を断られたこと。業界ナンバーワンの会社に電話したときも、やんわりと事件のあった会社なので…と断られました。いくつかは掲載させてくれる媒体もあったので、それは助かりましたね。

とはいえ、相変わらずお金をかけない方法を模索しまして。まず手を入れたのが、自社の採用ページ。それまでは技術の会社だったくせに、酷いものでした。やると決まれば高いスキルを持った技術者が在籍していましたから、2週間程度の突貫工事でもそれなりの見栄えになって。改めて技術の会社だと実感すると同時に、応募者が集まるようになったんです。

ライブドア採用ページ

小林氏が立ち上げたブログ

それから、今でこそ珍しくないですが、技術者向けの「テクノロジーセミナー」を開催して、集まったエンジニアにそれとなく声をかけるというイベントを行ないました。ちょうど事件後、はてなのCTOだった伊藤直也さんがブログで、ライブドアの技術力の高さについて触れてくださって。じゃあということで、ライブドアの開発部長だった池邉さん(現LINE執行役員)とのディスカッションをプログラムに組み込んだんです。こういう社外活動と並行して、エンジニア自身にブログで自社の技術力を発信してもらい、働きたい思うエンジニアを増やしていきました。
他には、これも最近じゃ珍しくもなんともないんですが、エンジニアやデザイナーは仕事で使うPCを自由に選べるようにしたんですね。当時はメジャーな話ではなかったと思います。実は事件前って、もっと自由でして。基本的にPCは自前で持ち込むスタイル。今で言うところのBYODを先取っていたと言えば聞こえがいいですが、情報漏えい問題が叫ばれる現在じゃなくても、事件を起こした会社ですから、問題どころの騒ぎじゃないですよね(笑)。きちんと情報の管理を徹底しなくちゃいけない事情があったんですが、それでも職種によっては自分の道具を選べるようにした。

採用手法でいうと、事件前からも変わったことをやっていて。今ではインターンシップからの入社って珍しくないですけど、ライブドアでは2000年代の最初からやっていたんですね。大学生とか若い子をアルバイトとして一年ほど仕事の経験をさせて、それから正社員登用するっていう。インターンシップの走りみたいなことをやっていました。

― 当時のライブドアの採用スタイルだったり、人とのコミットの仕方って、今のベンチャー企業に近いものを感じますね。

そうですね。先取りをしていたかはわかりませんけど、そういえばホリエモンもブログの中で、「色々なことを先取りして会社を使って実験していた」って書いていましたね。当時から、働き方が未来に向かっていくと、パソコンの持ち込みしかり、採用手法だって雇用形態や勤務体系だって、必然的に変わっていくよねという考えが社内にありました。「バックオフィスが稼げるようにならなくちゃいけない」と社内コンビニ事業をやったり、360度評価なんてのも10年以上前から取り入れてましたしね。

あの風土はなんて表現するべきなんだろう……自由というのもそうでしょうけど、根本は自己責任ですね。採用するために、会社として大勢を集めたセミナーを開くとかじゃなく、自分たちの力で、自分たちの方法で仲間を集めろ、みたいな。全部、自分で用意しろ!みたいな。教育というのも整っていなかったので、ある意味『ろくろ職人』のような「俺の背中を見て育て!」という感じでした。それでも「面白いです」「がんばります」「ついていきます」という人が残っていたから、何かをぶち破るようなサービスを生むことができたんじゃないかと振り返って思いますね。

ライブドアが存続していれば、LINEのようなサービスを10個は生み出していた。

小林佳徳氏

― 自己責任を突き詰めた結果、新しいサービスなり採用手法を考えていけたということでしょうかね。その中でも規律のようなものはあったんでしょうか。

あんまりなかったかもしれません(笑)。例えばPCを持ち込みOKだったころって、あちこちでウイルスをばらまくヤツがいたんですよ、意図的にではなく。当然、周囲に感染する人が出てくるんですが、それも極端な言い方をすると「自己防衛しないヤツが悪い」みたいなところもありました。自宅で作業をしていて、子どもが走り回って電源コードが抜けてデータが飛んでしまう、というのと同じレイヤーで考えていましたので、自分で対策をするのが当然だ、みたいな(笑)。

― けっこう、モラトリアムな会社だったんですね(笑)。そんなライブドアが、形を変えたというか、そこで活躍していた人がLINEで要職についたりしています。そういう姿を見て思うことだったり、ライブドアという会社の存在について聞かせていただきたいのですが。

基本的にはポジティブで、良かったなと思っています。ただLINEについてはひとつの例に過ぎない、それがすべてと思われたくないという感情はあるんです。ライブドアにいた優秀な人たちが残ったからLINEが成功したんだ、というのもひとつの結果なのですが。あのときの経験を持つ人は、LINEだけじゃなくて例えば、gumiやグリー、楽天の執行役員になっていたり、ハフィントンポスト日本版の元編集長だったり、起業を含めて、大勢が成功しています。更に、ライブドアに在籍しなかった人でも、こういう業界を目指した若者がいたりと、間接的な影響まで含めれば凄いものがあるとは思いますよ。

じゃあライブドアは何をしたのかというと、これは個人的な夢物語みたいなものなんですが、時代の変化をグっと加速させる役割を果たしたんじゃないかって。パラダイム・シフトっていうんでしょうか、ライブドアの存在によって、業界やWEBサービスの進化が速まったということなんですけどね。一方で、ライブドアが時代を劇的に変える存在だったかというと、それも違うんでしょうね。ライト兄弟が飛行機を発明しなかったとしても、その後に別の誰かが発明しただろう、と。飛行機はライト兄弟の存在なくして生まれなかったのではなく、いつかは生まれていたんだろうなって。同じように、ライブドアやホリエモンという存在があったから、10年かかるところを5年になったかわかりませんが、インターネットやテクノロジーに対する理解が促進されたり、スマホが普及していったりと、時代が進んだと信じています。

― なるほど。今のテクノロジーが栄える一助になった。時期を早めることに一役買った、という認識なんですね。その結果のひとつが、このタイミングでのLINEであると。では、ライブドアがああいうカタチにならなかったら……と考えることはありませんか?

夢物語ついでになりますけど、逆説的に考えると、もし事件がなかったりとか、事件後も自粛することがなく、買収されることもなかったら……。この期間があれば、LINEみたいなサービスを10個とかうみ出していただろうと思うことはありますよ。それくらいのめちゃくちゃなスピード感でした。『たら・れば』や理想を言っても価値はないんですけど、でもそうかなって気もするんですよね。そう思わせるのは、ホリエモンやライブドアの凄さかもしれませんし、たまたま時代の流れに乗っていただけなのかもしれません。もっと言えば、それが「日本」という国の器の大きさと言えたんじゃないかなと。

まぁ、堀江さん自身に聞いたり語ったりしても「興味ない。知らない」って言うでしょうけどね(笑)。

― 色々なエピソードを伺って感じるのですが、ライブドアという会社は3000名規模になった後でも、ベンチャーだったんだな、夢を追いかけられる会社だったんだな、という印象があります。そういう意味で、現在のスタートアップやベンチャーと呼ばれる会社は、もっともっと無茶苦茶していいでしょうし、期待が持てるなと思いました。

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アジア発★ アジア、これからの40年は?

アジアの有力広告誌『キャンペーン誌アジア太平洋版』は10月、創刊40周年に当たり、識者が展望する広告業界“次の40年”を紹介した。

WPPグループCEO マーティン・ソレル氏
オープンでイノベーティブな姿勢が世界経済をけん引

40年前、アジアは議論にも上らなかった。今では最重点市場であり、世界の成長をけん引するのは確実だ。
欧米企業が最も重視するのは中国。「貯蓄から消費へ」とシフトし、広告を含むサービス産業の重要性はこれまで以上に増してくる。質的成長を目指す中、今後は成熟度が高まるだろう。
デジタルの発展も重要だ。最先端デバイスの急速な普及はアジアに驚異的なビジネス機会を生む。パソコンの時代を飛び越えてモバイル時代に突入したため、テクノロジーの変化やチャンスへの理解は欧米よりはるかに深い。
アジアが突出するのは成長性。成長がもたらす意識やアプローチの違いは決定的だ。人々は総じて楽観的で、新しいアイデアにオープンかつイノベーティブ。それこそが世界経済発展の原動力になる。

詳細はCampaign Asia-Pacific→http://bit.ly/1c0FKlZ
The next 40 years: Martin Sorrell remains ‘a violent Chinese bull’

ディアジオ・リザーブ・ブランズ・グループ
マネージングディレクター ジェームズ・トンプソン氏
「新シルクロード」の誕生と技術革新でリターンが増幅

近年、中国が世界第2位の経済大国へと躍進し、インドもこれに劣らぬ勢いで急成長している。両国は経済大国として世界をリードし、物流や情報のグローバルなネットワーク化が進行、今後40年でアジア太平洋地域だけでなく中東やアフリカ、南米にまで広がる「新シルクロード」が誕生するだろう。
新興勢力の台頭は、そこに住む消費者の選択肢を拡充し高級志向を高める。高級ブランドにとっては好機。上昇志向が強い新世代のニーズに対応したプレミアム戦略が有効だ。
デジタル技術の進化により、消費者の好みや購買行動だけでなく活動の全てが把握可能になった。さらなる技術の進展でかつてないチャンスが訪れる。
新シルクロードの出現と技術革新により、世界は激変する。ビジネスは複雑化するが、その見返りは何百倍にも増すはずだ。

詳細はCampaign Asia-Pacific→http://bit.ly/17j9DRh
The next 40 years: The emergence of a new Silk Road

PHDワールドワイド
世界戦略・プランニングディレクター  マーク・ホールデン氏
クラウド上のニューロンにアクセス、広告を脳に送信も

技術の進化は多くの消費者分析を可能にした。
40年後はより直接的な感情からの情報分析「SI(sentient intelligence)」が行われるようになるだろう。実際、コンピューターが人間の心を読み取れるようになってきた。神経回路網を活性化させて思考を引き起こす情報インプットの研究も成功している。
新たなニューロン(神経細胞)を“借り受ける”という驚くべき技術が実現する可能性も高い。ニューロンを計測しクラウド上で蓄積できるようになれば、何十億、何兆個のニューロンに“2053年版Wi-Fi”でアクセスできる世界が来る。広告を脳に直接送れるようにもなるだろう。企業はナノテクノロジーを駆使して競い合うことになる。
可能性は無限大。SF的な夢の世界が実現し、私たちは11次元宇宙に漂う“集合意識体”となっているかもしれない。

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孫正義 [ソフトバンク創業者]という男①

自分の設立した企業・ソフトバンクを通じて、孫正義は日本的な「系列」のビジネスモデルに着目し、それをインターネット企業に応用した。この大胆な手法がうまくいくかどうかを判断するのはまだ早い。とはいうものの、メディアから「インターネットの帝王」と呼ばれたその経歴を見ると、才能にめぐまれた、有無を言わさぬ起業家であることがわかる。

孫は頭のよい生徒で、スポーツや遊びよりもビジネスに関心があり、早くから起業家的能力を発揮した。

1973年にアメリカに渡ると、カリフォルニア大学で得た知識を応用して電子手帳を考案した。この特許を売却して100万ドルという大金を手にすると、それをもとにビデオゲーム事業を育てて成功をおさめ、1981年に日本に帰国する。そこでつくった会社がソフトバンクだった。少年が切手の収集に走るように、このソフトバンクは創業間もないドットコム企業の株を買いまくった。

肝炎の病から回復すると、ヤフー株で金脈を掘りあてる。1999年、その目を日本国内に向け、低迷している日本のドットコムマーケットで株を買い集めた。インターネット革命が頓挫して苦境には立たされたものの、生き残った。リストラクチャリングをなし遂げたソフトバンクは、景気後退後のeコマースマーケットで優位に立てるだけの地位を確保した。

生い立ち

民族的には韓国人の孫は、1957年8月11日、九州は佐賀県の鳥栖で生まれ、育った。父は小さな企業を経営していた。福岡にある有名校に入ったが、早い時期からビジネスに興味を抱いていた。他の生徒がミュージシャンやスポーツ選手になりたいと考えるような時期、孫のヒーローは日本でマクドナルドを成功させた藤田田だった。どうしても藤田に会いたいという思いからそのオフィスに直接電話をし、東京で面会する約束を取り付けた。藤田と会ったことがきっかけで孫はアメリカに関心を持つようになり、1973年、英語を学ぶ目的でカリフォルニアに渡る。

 

カリフォルニアでめきめきと英語が上達し、それほどたたないうちにカリフォルニア大学に入学して経済学を専攻した。ものごとにのめり込む生来の性格がはっきりと表れていた。ティーンエージャーは寝室の壁に写真を貼る。音楽や映画のスター、スポーツ選手、ペット、家族あるいは恋人の写真だ。19歳のとき、孫はある雑誌に載っていた1枚の写真に心を奪われた。その写真を切り抜き、保護用のラミネート加工をし、カバンのなかに入れて持ち歩いた。経済学を専攻していたこの学生の想像力を魅了したのは、マイクロチップの写真だった。

成功への階段

大学在学中から、孫は金をつくる一番よい方法は、何かを発明することだと考えた。そのために、毎日必ず何か新しいアイデアを思いつくようにしようと心に決めた。そうして出てきたアイデアのなかに、電子手帳の原型があった。シャープが100万ドルでその電子手帳関連の特許を買い取った。これがのちに「ウィザード」(日本名ザウルス)になる。

孫はその現金を足がかりにして次の手を打つ。それは日本から安価なビデオゲーム機を輸入することだった。ゲームはスペースインベーダーだった。その当時、アメリカではビデオゲームはまだこれからという段階だったが、孫は消費者の動向を的確に予測する。そして6か月で300台を輸入し、ゲーム機器販売のトップに躍り出た。次にこの会社を仲間の1人に譲り渡し、母との約束を果たす。その約束とは日本への帰国だった。

1981年、自分の金と第一勧業銀行から得た融資の8万ドルを元手に、23歳の孫はソフトバンクという名のソフトウェア流通会社を設立した。これは孫の説得力の証明でもあった。若い起業家には相対的に冷たい日本の経済環境のもとで、若い孫は日本の銀行を説得して融資を引き出すことに成功した。同社はまたたく間にコンピュータサービスの巨大企業に成長する。発足後10年で従業員570人、取引先小売店1万5000、6部門を抱え関連企業5社、合弁会社5社、そして年間売上高が3億5000万ドルという企業に成長したのである。

 

孫はその発明志向の考え方を日本国籍を取得する場面で発揮した。当局は韓国姓のままでの日本国籍取得を認めなかった。そこで日本国籍を持つ妻の姓を合法的に孫に改名させた。そうしたうえで、当局に対して日本人の姓に「孫」が存在すると主張し、孫姓のままでの帰化を受け入れさせている。

転機と決断

ソフトバンクの初期のころは孫にとってつらい時期だった。設立当初、重度の肝炎にかかり何年間も悩まされ続けた。しかし、初期の症状から回復すると、改めてビジネスに対する人一倍の情熱を発揮した。それは1994年のことで、ちょうど新たな通信の潮流が現れてきていたところだった。マイクロチップが産業界に変革をもたらすことを理解したときと同じように、インターネットが人々の生活の奥深いところにまで影響を及ぼすだろうということに気がついた。

もう一度アメリカに出かけると、今度はその天分を発揮してバイ・ドットコム、E*トレード、Eローン、ウェブバンなど設立間もないインターネット企業に分散投資をした。その中の1社にヤフーという名のインターネット関連会社がある。その株式の30%を1億ドルで買い入れた。狙い通りか偶然かはともかく、孫はこれでインターネットの大当たり株を引き当てることになった。ヤフーは1996年に株式の公開を果たす。

インターネットが出現する以前に買収していた企業のいくつかを手放し、孫はその経営をインターネットの世界に集中した。シスコとインテルで働いた経験のあるゲリー・リーシェルを招き、ソフトバンクの新たなベンチャーキャピタル部門、ソフトバンク・テクノロジー社の経営を任せることにした。投資形態はリミティッド・パートナーシップファンドで、カリフォルニア州サンノゼから運用が行われている。このソフトバンク・テクノロジーは最初のファンドの募集で日本から1億7000万ドルを調達した。

 

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LINE、新規事業と撤退事業のバランス

”ゲーム、広告、スタンプの次をどう育てる?”

「メッセンジャーとしてのLINEに加えて、人々とさまざまなサービスがつながるスマートポータルを構築していく」

LINEが3月24日に開いた事業戦略発表会。出澤剛社長兼CEO(最高経営責任者)は、さまざまなサービスの連携によるプラットフォーム化をさらに加速させると、高らかに宣言した。2011年にサービスを開始したLINEは、無料で利用できる手軽さを武器に急速にユーザーを増やし、現在、国内の登録利用者数は6800万人超に達している。

国内でほかのメッセンジャーアプリを寄せ付けない地位は確保した。次の課題となるのは、刈り取ったユーザーを、いかに収益につなげるかだ。

−目玉は月額500円からの「モバイル事業」−

そのために取り組んできたのが、コミュニケーション機能を中軸にしたサービスの多様化である。2014年からLINEは、決済・送金やタクシー配車などにも乗り出している。

2015年は音楽配信の「LINEミュージック」や動画生中継の「LINEライブ」など、メディア・コンテンツの大型サービスを投入する動きが目立ち始めた。

今回発表した事業戦略の目玉は、今夏に立ち上げる「LINEモバイル」。通信会社の回線を借りて通信サービスを提供するMVNO(仮想移動体通信事業者)への参入だ。

ユーザーがLINEの複数のサービスを利用することで、収益が拡大するモデルの確立に向け、その起点となる回線を押さえる狙いがある。

だが、MVNOはイオンや楽天をはじめ多くの企業が参入しており、価格やサービスの競争が激化している。

【AppleとFacebook】 巨大企業 創業者の共通点

このふたりの共通点に注目してみましょう。

Appleを創ったカリスマ - スティーブジョブズ

SAN FRANCISCO – JANUARY 11: (FILE PHOTO) Obituaries In 2011: As 2011 comes to a close, we look at 25 famous personalities that have died in 2011. Please refer to the following profile on Getty Images Archival for further imagery and additional Obituaries of 2011. http://www.gettyimages.co.uk/EditorialImages/Archival?parentEventId=107851819 Apple CEO Steve Jobs delivers a keynote address at the 2005 Macworld Expo January 11, 2005 in San Francisco, California. Jobs announced several new products including the new Mac Mini personal computer starting at $499 and the iPod shuffle MP3 player for $99. (Photo by Justin Sullivan/Getty Images)

スティーブン・ポール・ジョブズ (Steven Paul Jobs)
1955年2月24日生まれ
アメリカ カリフォルニア州サンフランシスコ出身

Facebook の生みの親 - マークザッカーバーグ

SUN VALLEY, ID – JULY 12: Facebook CEO Mark Zuckerberg speaks with Washington Post Chairman and CEO Donald Graham during the Allen & Company Sun Valley Conference on July 12, 2012 in Sun Valley, Idaho. The conference has been hosted annually by the investment firm Allen & Company each July since 1983. The conference is typically attended by many of the world’s most powerful media executives. (Photo by Kevork Djansezian/Getty Images)

マーク・ザッカーバーグ(Mark Zuckerberg)
1984年5月14日生まれ
アメリカ合衆国ニューヨーク州ウェストチェスター郡ホワイト・プレインズ出身

共通点その1「多くの人々に愛されるモノを生んだ」

ちょっと逆説的で説明不要なことですが、まずはこれから。

彼らは私たちにとって、なくてはならないモノを彼らは生みだしました。
では、どれくらい愛されているかの具体的な数字を見てみましょう。

Facebook、全世界の7人に1人が使う。

70億人のうち、実に10億人が使っています。世界には、ITの普及が遅れている国や政治的にFacebookの使用が制限されている国もあることを考えると、この数字は如何に高い利用率であるかを表しています。

2012年第二四半期、iphone の出荷台数は2600万台、昨年より27.5%増。

AndroidやBlackBerryなどを含む全スマートフォンにおけるマーケットシェアは16.9%とのこと。シェア急上昇のSamsungを含むAndroid連合軍の伸びには目を見張るものがありますが、iphoneも確実にシェアを伸ばしています。

共通点その2「多くの人々のビジネスを変えた」

iphone や Mac は手にする喜びを、facebook は友人たちとのつながる喜びを与えてくれますが、その影響は私たちのビジネススタイルにも大きな影響を与えています。

Photo by Siri Stafford / Lifesize

5人に1人が何らかのApple製品を仕事に使っている。

世界の1万人のIT業務に従事する人を対象とした調査結果。
役職が高いほど、年齢が低いほど、年収が高いほど、Apple製品の仕事での利用者率は高くなっているという結果からも、いかに先進的で使い勝手の良い製品であるかが分かります。

Facebook の企業公式アカウント所有率は52.2%。

NTTレゾナントが運営するgooリサーチとループス・コミュニケーションズによるアンケート調査結果(2012年6月実施)。
Facebookのアカウント所有率52.2%はYouTubeの54.4%に次ぐ第二位で、自社ブログ(48.5%)、Twitter(40.9%)を上回る結果となりました。

共通点その3 「最終学歴は”大学中退”」

ふたりとも理由は違えど、大学を中退しています。

ジョブズ「両親が一生をかけて貯めた学費を意味のない教育に使うのに罪悪感を抱いた」

わずか1期で早々に中退したジョブズ。しかし、大学の講義はモグリで受講し続け、カリグラフィー(装飾文字)の講義に魅了されたそう。この経験がMacの美しいフォントにつながったようですね。

ザッカーバーグ、在学中SNS開設するも大学から処罰。休学して公開、そして中退。

ハーバード大在学中にSNSを立ち上げたザッカーバーグ。しかし、大学からはプライバシーと知的財産権の規約違反として処罰を受けました。しかし、同氏は自分の主張を貫いて休学してでもサイトを立ち上げました。

ちなみに、ビルゲイツもホリエモンもビジネススタートのために中退しています。このタイプは多いようですね。

共通点その4 「完璧主義者」

完璧を追い求める性格が会社をぐいぐいと牽引していったのでしょう。

ジョブズ「私は毎朝鏡に向かって自分に問いかける。もし今日が人生最後の日なら、今日やる予定の事は本当にやりたいことだろうか?」

ストイックです。

ジョブズ「(工作で)誰にも見られない裏面も表と同じクオリティでペンキを塗るっ。キリッ」

これは幼少期の話。すでに人格は形成されていたようです。

ジョブズ「完璧主義すぎて家具が選べないのでほとんど家具を持っていない」

満足レベルが非常に高いのですね。

ザッカーバーグ「ついつい完璧を求めすぎちゃう」

素早いリリース、小さなトライアルからの学びを繰り返すことが重要とのことから「完璧を目指すよりまず終わらせろ – Done is better than perfect -」をポリシーにしているようです。
※この言葉は、ザッカーバーグ自身の言葉か否かは定かではないそうです。


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